社会的相互作用を考慮したバス需要関数とバストリガー制の成立条件に関する考察

A study on a demand model with social interactions for condition of bus-trigger system

山口 秀晃
Hideaki YAMAGUCHI

Bus-trigger system is a scheme that bus operation companies and users aim for an improvement in both bus services and the number of passengers by neutral consent. The aim of this study is to design and conduct a stated preference survey in laboratory using Web and to estimate an individual discrete choice model with social interactions effects. After that me analysis an aggregated behavioral outcomes and the target index and its criterion are investigated in the case of Bus-trigger contract is model.

KeyWords:approval contact, bustrigger system, disaggregate model, equilibrium equation, social intraction

 乗合バスは地域の日常生活を支える公共輸送サービスの役割を担ってきた.都市部では,自動車の代替手段として,交通混雑の解消などに貢献しているだけでなく,これからの日本が直面する更なる人口減少・少子高齢化社会による高齢者などの交通弱者に
対する移動手段としてもその役割は極めて重要である.地方部では地域住民のモビリティを保証する唯一の公共交通機関でもある.
また,自動車依存によるリスクの増大,地球温暖化におけるCO2排出量の削減目標,交通渋滞の解消,土地利用と交通の連携といったさまざまな社会問題の観点においても主となる存在である.しかし,乗用車の利便性の向上・普及や少子高齢化にみられる人口構造の変化や地域住民の生活パターンの多様化などにより,全国の都市でバス利用需要の減少傾向にあり,バス事業の経営悪化が深刻化している.
 熊本都市圏においても,自動車利用者数の増加の反面,路線バスの利用者数は,この20年間で半減し,ここ10年間でも3割近く減少している.そのなかで,前述のとおり公共交通機関の果たす重要性から,熊本市としてもバス事業者に対する運行補助等の施策を実施してきた.しかし,その運行補助も年々増加し,市交通局においては,バス事業への一般会計からの繰出金が毎年10億円を超える状況になっている. このような状況をふまえて,熊本市は,将来にわたって利便性の高いバスサービスを提供するため,「熊本市地域公共交通連携計画」を策定し,バス路線網再編や利用促進策を実施しているところである.
 このような厳しい経営状況の中,官と事業者が協力をしてMM等のさまざまな利用促進を行ってきたが,バス利用者の減少に歯止めがかからないのが現状である.この結果,利用者の減少がバスの減便等の利便性低下を招き,これにより更なる利用者の減少を誘発するという悪循環が形成されており,この関係は,交通事業者に新たな利便性向上策の展開を躊躇させている.この流れを断ち切り,交通事業者が積極的な利用促進策を展開できる状況をつくっていくことが重要である.そこで現在,利用者側の協力を促すために,利用者の理解を高めかつ具体的な協力への責任を持ってもらうことに焦点を当てた政策としてバストリガー制度が注目されている.
 「バストリガー方式」とは,市などの行政の仲介のもと,バス事業者と利用者が合意(バストリガー協定の締結)の上でバス運賃や路線の新設・延長,運行ダイヤの増便などを決定するもので,新規取組路線に関する採算ライン(利用者数による指標設定を想定)を設定し,それを下回った場合は取組を止めることができるという方式である.この方式は,交通事業者にとっては,事業展開の実効性を高めるとともに,期待した効果が得られなかった場合の責任を利用者と分け合うことによるリスクの軽減がメリットとなり,一方,利用者にとっては,積極的かつ継続的にバスを利用するという一定の責任を担う代わりに利便性の向上が実現されるという,努力・責任・リスクを担いつつ双方に利点があるwin -win の関係により成立している.この取り組みは利用者に対して,公共交通利用のインセンティブを賦与することにもなり,利便性向上とそれによる利用者の増加が,さらなる利便性向上を生む好循環の創出につながるものと期待している.また,「トリガー」とは,「引き金・誘因」のことで,動きになぞらえ目標が達成できなければ元に戻すということを本来の由来とする造語であるが,公共交通活性化の「引き金」となって欲しいという思いも込められている.
 具体的な事例として,金沢大学と交通事業者(北陸鉄道)が,金沢市の仲介のもとに協定を締結した「金沢大学地区金沢バストリガー協定」について紹介する.この取組の背景に,平成14 年から香林坊~武蔵ヶ辻間の運賃の100 円化(従前200 円)により乗客数が大幅に増加したことと,アンケート調査結果により,旭町周辺~角間キャンパス間の100 円運行により多くのバス利用転換が予測されていたことがあげられる.
 平成17 年10 月に,本市から北陸鉄道に対して,大学生等の利用増加につながる料金低減策を検討することなど,公共交通の利便性向上に向けた取組について要請を行うとともに,金沢大学に対して,前述のバストリガー方式による取組を提案した.金沢市にキャンパスがある金沢大学は,市中心部から離れた山奥にあるために,自動車による通学をする学生の数が増加していた.そのため,学生が絡んだ交通事故の発生や限られた敷地内での駐車場の確保が困難になるなどの問題が発生し,大学側としても解決策を模索していた.また学生の利便性向上にもつながるメリットもあった.
 当初,市中心部から大学まではバス路線が敷かれていたが,最終便が早い,休日の便数が少ないなどの理由から,利用者数は少なかった.そこで,平成18年度,金沢大とバスを運行していた北陸鉄道との間で契約を締結し,バストリガー制度を導入することとなった.その契約内容は,「旭町(金沢市中心部)~金沢大学キャンパス間で乗車し,かつ降車する場合は現行のバス運賃を100円とするが,基準年度(平成17年度)に対象路線から得られた収入を実施年度に対象路線から得られた収入が超えなければ,以前の運賃に戻すことを条件とする」というものだ.上記の対象路線については図1.1に示す.この契約により,図1.2に示すようにバス事業者である北陸鉄道は対象路線の便数を増加するなどサービスの向上に努め,利用者である大学側も利用頻度を増やすような呼びかけを行うなど,契約維持のために両者が努力している点が特徴である.また契約を維持することが両者にとってプラスであることも重要である.
 一般的な各種の非集計選択行動予測モデルでは,当該意思決定に直面した個人が周囲とは独立した意思決定主体であることを暗に仮定しており,個人の意思決定に周囲の行動が及ぼす影響が考慮されていない場合がほとんどである.故に,相互作用の影響が大きい現象を対象とする場合には,状況を正しく把握できていない可能性が大きい.社会心理学では「準拠集団が個々の構成員の行動に及ぼす影響(社会的相互作用)は,個人の行動を規定する主要な要因である」とされていて,多様な環境下で,社会的相互作用が個人の行動に有意に影響を及ぼすことが確認されている.多くの交通現象においても,個人の行動は,それを取り巻く他者からの影響を少なからず受けている.同調行動に代表される個々の主体間の相互依存関係(以後,社会的相互作用と呼ぶ)は,このバストリガー制度導入時の手段選択に対しても多様な影響を及ぼすはずである.
 以上のような問題意識のもとバストリガー制度導入時における, 期待形成の相互作用に基づいた人々の意志決定メカニズムに着目し,他者行動を考慮した交通手段選択モデルを構築することで,定量的な評価を行い,バストリガー制度の新たな契約条件の提案を行うことを目的とする.
 具体的には,まず社会的相互作用や認知・意志決定メカニズムに関する諸概念や知見を整理し,交通計画の分野における交通行動分析において,これらの知見の適用可能性を探る.次に,社会的相互作用を考慮した,他者行動推測時の交通手段選択モデルを推定し,より人の心理を考慮したモデルの構築し,バストリガー制度導入時の需要予測を行う.最後にバストリガー制度の成立の評価を行う.現在,金沢で適用されているバストリガー制度の継続条件は,「基準年度(平成17年度)に対象路線から得られた収入を実施年度に対象路線から得られた収入が超えなければ,以前の運賃に戻す」となっており,単純に収入のみで継続条件が決定されていることが分かる.平成21年度終了時点で目標利用者数の221,687人を大幅に上回る351,886人を獲得しているにも関わらず,事業者側はサービス水準を同じにさせるための費用増加によって収支が悪化していることを理由に契約維持を破棄したいという意向を持っている.このような背景から,バストリガー制度の契約時の目標利用者数の設定は,収入のみに着目するのではなく,収入と費用の差である「収支」で行うことが必要であり,このことを考慮した新たなバストリガー成立条件を提案する.