日米の法文化

はじめに

中根千枝氏によると

「西欧社会においていかに法というものが尊ばれ優先されてきたか、日本人の感覚ではとらえがたいものがある。(略)これに対して、日本人にとって、法とは、社会の骨格ではなく、全体の動きを不当に見だす特殊な細部の手当てとして適用されるもので、専門家による技術的な問題とされやすく、全体社会を規制する原則にはなりにくい。」(長谷川俊明著『訴訟社会アメリカ』、10-1ページより)

I. アメリカ文化における「法」の重要性

しかし、なぜか?

II. 多民族社会だから?

この見方には一理ある。

III. 民主主義とアメリカの法文化

法は権力者を牽制し、立場の弱い人民の権利を確保するためにある。

権力の乱用防止を目指した憲法

法廷で一個人が大手企業と対等に戦える

IV. 日本との比較

被疑者

原告(例 水俣裁判)

国民性で訴訟をしないというより、したくてしにくい制度。

V. 嫌われ者としての弁護士

勝つためならなんでも言う

企業の専属弁護士

完全成功報酬制とambulance chasers (このjokeもある)

McDonald's Hot Coffee

特別検察はひどく嫌われている

シンプソン裁判での無罪

VI. 日米司法制度摩擦

『知の鎖国』か?

ボーダーレス時代なので「別々」ではすまされない。

学び合い、歩み寄るべきではないか。