第16講 総需要総供給分析

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【2009年12月11日更新】


総需要曲線の導出[top]

財市場と貨幣市場を表すI S 曲線とLM 曲線から導かれるのが総需要曲線です.総需要曲線は財市場と貨幣市場を共に均衡させる実質所得と物価水準の組合せの軌跡であると定義できます.

■図による導出

I S - LM 図から物価水準と実質所得との関係を導いたのが総需要曲線です.導出の手順は以下のとおりです.

1)IS-LMで貨幣供給量はで固定しておきます.
2)初期の物価水準をPoとします.
3)初期均衡点はEo
4)IS-LMEoに対応する点を下の総需要曲線の座標上に1つとります.
5)物価水準がPoからP1に低下したとします.
6)実質貨幣供給量は増加するので,LM 曲線は右下方にシフトします.
7)新均衡点はE1になります.
8)総需要の座標でP1Y1を満たす点E1をとります.
9)EoとE1を結ぶと右下がりの総需要曲線AD がえられます.

    図解 総需要曲線の導出

■総需要曲線の性質

総需要曲線は右下がりであるということと,貨幣供給量の増加および財の支出の増加はともに総需要曲線を右方へシフトさせるということが重要です.

1)右下がり
物価水準が低下したとしましょう → 実質貨幣残高は上昇し,貨幣市場で超過供給が発生 → 貨幣市場がバランスするには,利子率が低下するか,あるいは実質所得が増加して貨幣需要が増加する必要があります.利子率の低下は他方で投資需要の増加をもたらし,所得増加に貢献します.

2)貨幣供給量の増加はAD 曲線を右方にシフト
図で物価水準を固定しておき,貨幣を増加させるとLM 曲線は右方にシフトします.新しい均衡では,同一の物価水準に対してより大きな所得水準が対応するので,AD 曲線は右方にシフトします.

3)自立的な支出増加はAD 曲線を右方にシフト
支出の増加はI S 曲線の右方へのシフトをもたらし,これがAD 曲線の右方へのシフトとなって現われます.以前の物価水準の下ではより大きな所得水準が対応するので,AD 曲線は右方にシフトします.

4)I S 曲線が水平になればなるほど,かつLM 曲線が垂直になればなるほど,AD 曲線は水平になります.
前者の条件は投資の利子弾力性が大きいケースに対応し,後者の条件は貨幣需要の利子弾力性が小さいことに対応しています.上の2つの条件が同時に成立しているときは,物価が下落し実質貨幣残高が増加してLM曲線が右方向にシフトしたとき,所得の増加がもっとも大きくなるので,AD 曲線が水平に近くなります.

5)乗数が大きいほど,かつ貨幣需要の所得弾力性が小さいほど,AD 曲線の傾きは水平になります.前者はI S のシフト幅が大きくなることを意味し,後者はLMが水平に近くなることを意味します.上の2つの条件が同時に満たされるときは,支出の増加が生じてI S 曲線が右上方にシフトしたとき,所得の増加が最も大きく現われます.

■流動性のわなの場合の総需要曲線(特別なケース)

貨幣需要の利子弾力性が無限大の場合,総需要曲線はある所得水準のもとで垂直になります.物価水準がPoからP1に低下したとします.実質貨幣残高は増加してLM 曲線は通常ならば右方にシフトしますが,LMが水平なので事実上動きません.従って所得水準も変化しません.物価水準が低下しても所得水準は元のままなので,総需要曲線は元の所得水準で垂直になります.

   流動性のわなの場合の総需要曲線
  

総供給曲線の導出[top]

労働市場と生産関数から導かれるのが総供給曲線です.総供給曲線は前章で用いたケインズ派の総供給曲線を採用します.賃金の下方硬直性を前提とした労働市場とマクロ生産関数から物価と実質所得との関係を導いたのがケインズ派の総供給曲線です.

        総供給曲線
  

 ケインズ派の総供給曲線の特徴は次のようにまとめられます.

1)物価水準の上昇は実質賃金を低下させ,それにより労働の需要が増加することにより生産及び所得の増加がひきおこされます.従って,総供給曲線は右上がりになります.

2)労働市場で完全雇用が達成されると,いくら物価が上昇しても完全雇用所得水準を超えることはできません.従って完全雇用所得に到達した時点から総供給曲線は上方へ伸びる垂線となります.

■物価水準と実質所得の同時決定

総需要曲線と総供給曲線を用いて物価水準と実質所得の同時決定の議論をすることができます.総需要曲線と総供給曲線の交点で不完全雇用均衡が達成されます.財市場と貨幣市場は均衡していますが,労働市場は均衡せずに非自発的失業が生じているからです.

完全雇用が達成されるためには,拡張的な財政政策や金融政策により総需要曲線が右方にシフトするか,総供給曲線が右下方にシフトする必要があります.ADが右方シフトする場合は拡張的な財政金融政策の過程で物価が上昇し,それが実質賃金を低下させることにより労働需要が増加し,完全雇用が実現されます.ASが右下方へシフトする場合は,名目賃金が低下することで労働需要が増加します.

財政金融政策と物価・所得[top]

総需要総供給分析では財政金融政策が実質所得と物価水準に与える効果を分析することができますが,総需要曲線の背後にはI S-LM曲線があるので,利子率に与える効果も併せて分析することができます.財政金融政策に加えて,供給側(サプライサイド)で発生した効果の分析も行うことができます.

■金融政策の効果

貨幣供給量の増加によりLM 曲線は右方にシフトし,従ってAD 曲線も右方にシフトします.貨幣供給量の増加によりもたらされた利子率の低下は財市場では投資需要の増加をひきおこし,これが乗数効果を通じて所得を拡大させます.この過程で雇用と所得,需要の増加に伴い物価水準が上昇していきます.結局,金融緩和により利子率の低下と実質所得の増加,及び物価水準の上昇が発生します.

     金融緩和政策とAD-AS曲線
  

■財政政策の効果

財政支出増加により財市場での需要の増加が発生し,乗数効果を通じて所得が増加します.政府支出の増加によりI S 曲線が右方へシフトし,従ってAD 曲線も右方へシフトします.財市場での所得の増加は貨幣需要をひきおこし,利子率を上昇させます.この間,雇用と所得,需要の増加に伴い物価水準が上昇していきます.財政政策の総需要総供給曲線による分析は金融政策の場合と比べれば,利子率に与える効果の違いを除けば質的には同じような結果をもたらします.

■サプライショックの分析

総需要総供給曲線の利点は賃金の上昇や1970年代の石油ショックに代表される,サプライサイドで発生した撹乱が経済に与える影響を分析できることです.

    サプライショックとAD-AS曲線
  

賃金の上昇のような生産面(サプライサイド)に影響を与えるショックが生じたときは,総供給曲線ASが上方にシフトします.図ではAS'曲線の上方シフトとして表されます.均衡点はEからE'へ移動します.この過程で物価の上昇と所得の低下が発生します.いわゆる「スタグフレーション」が発生します.スタグフレーションとは,景気後退とインフレーションが同時に発生する現象のことです.スタグフレーションは,このように供給サイドで発生した原因により総供給曲線が上方にシフトして景気後退が生じるときに発生します.

石油などの原材料価格の上昇が経済に与える効果も,賃金の上昇の場合と同じように分析することができます.例えば1973ー74年にかけて日本経済を襲った第1次石油ショックも総供給曲線の上方シフトとして分析することができます.当時はマイナス成長と同時に猛烈なインフレーションを経験しました.この間政府(田中角栄内閣)は,石油ショックによるデフレを回避しようとして拡大的な財政金融政策を実施してしまいました.この拡張的な政策は総需要曲線を右上方へシフトさせることを意味し,一層のインフレを日本経済にもたらすこととなってしまいました.

■デフレーションの分析

物価水準の低下と景気後退が発生するのがデフレーションです.1997年から98年の日本はまさにこのような様相を呈しています.総需要曲線と総供給曲線で分析すると,物価の低下と所得水準の低下が同時に発生するのは,総需要曲線が左方にシフトする場合であることがわかります.財市場での需要の低下あるいは貨幣市場でのマネーサプライの減少により総需要曲線は左方シフトします.

「流動性のわな」の場合は,財市場での需要増加策のみが垂直の総需要曲線を右方にシフトさせることができます.

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(c) Shigeru Sasayama, Kumamoto Gakuen University