マルチメディア時代の企業経営~情報の取り込み方~


笹山 茂「マルチメディア時代の企業経営〜情報の取り込み方〜」
全国中小企業団体中央会『中小企業と組合』1996年5月号 PP.4-9.

1. 原始メールより電子メール

 アルビン・トフラーが1980年に『第三の波』で今日の電子社会の到来を予想したのは慧眼といわなければならない。彼の描いた「エレクトロニック住宅(コテッジ)」は、今でいうところの「在宅勤務」の形態に相当するが、パーソナルコンピュータとネットワーク通信網の発達により一部では現実のものとなっている。モデム付きのパソコンと電話線があれば世界中どこにいても仕事ができるのが今の世の中である。
 卑近な例で恐縮だが、私の一日はノートパソコンでパソコン通信サービスにアクセスし電子メール(E-mail)を確認することから始まる。インターネットでWWW(ワールド・ワイド・ウェブ)も利用しているが、最低限パソコン通信の会員になっていれば、今では世界と接続したも同然である。現在ほとんどのパソコン通信会社はインターネットと接続しているので、パソコン通信のIDを一つ持っていれば世界中の相手とメールの交換が可能である。電子メールのアドレスはちょうど私書箱の代わりになるのである。この私書箱には、大学の同僚や学生及び事務局からのメールもくるが、いくつかのメーリングリストからの配信記事も飛び込んでくる。海外に留学中のゼミの学生ともほぼリアルタイムの感覚で連絡をとることができる。なによりうれしいのは、ときたま私の読者から届くメールである。最近著した私の書物には必ず電子メールのアドレスを記すことにしている。それを見つけた読者は、読後感や質問などを直接私にぶつけてくる。中にはニューヨークの高校の先生からのメールもあった。拙著(大学生向けなのであるが)を社会科の副読本として利用したとのことであった。まさにインターネットに国境はないということを実感する。もらったメールにはすぐパソコンから返事をだす。反応のよさも電子メールならではのことである。メール1本が市内通話の最低料金で地球の裏側へ時差なしであっという間に届く。プリンターから打ちだし、封筒に入れ、郵便局に持っていくという従来の手紙や葉書(原始メールというそうだ)だとこうはいかない。電子メールの利用は、人と人とのつながりを広めると同時に世の中を狭くしてもくれる。
 多くの長所をもつ電子メールを企業の中で利用しない手はない。会社が電子メールのアドレスを持つことで世界中の潜在的な顧客の目を引きつけることができる。一方、電子メールが企業内で十分その効果を発揮するためには、次のようないくつかの前提条件が必要である。(1)パソコンが一人一台の割でゆきわたっていること。(2)パソコンがネットワーク(LAN)で結ばれていること。(3)インターネットとつながっていること。(4)情報がデジタル化されること。(5)電子メールでの決済や議決が優先することが合意されていること。電子メールが企業で十分活用されるには、コンピュータやネットワークケーブル等のハード面の整備よりも会議の運営の方法やメール上での議論のスタイルなどを確立するなどのソフト面や利用する側の意識の改革の方が重要となるだろう。保守的な人でも一度電子メールを使うと、その便利さと効率性の魅力に取り憑かれることだろう。とにかく慣れることが第一である。

2. インターネットは宝の山

 今はまさにインターネットの時代である。世界中で4000万人ないし5000万人もの人々がインターネットを利用しているといわれている。インターネットが爆発的に発展したのは商用目的に利用できるようになったここ数年のことである。企業の利用がインターネットを加速的に普及させた原動力である。企業にとっては今、インターネット上にホームページを持つことが一つのアイデンティティを確立する手段にもなっている。
 インターネットの利点は使うコンピュータを選ばないことである。どのようなタイプのパソコンであろうとUNIXマシンであろうとTCP/IPという通信手順に則って接続しているコンピュータならすべてつながる。インターネットの利用者は、各自のコンピュータからネットスケープ等のナビゲーターと呼ばれるソフトウェアを使って、各企業のホームページのアドレスを示すURL(ユニフォーム・リソース・ロケーター、http://で始まる記号)を打ち込む。すると、ナビゲーターは世界中のインターネット方式でつながれたコンピュータの中から指定されたホームページを見つけて、画面に表示してくれる。最近の新聞の記事には、この記号で表示されたホームページのアドレスがさかんに登場するようになった。
 世界中のコンピュータサーバがつながっているので、インターネットは膨大なデータベースの宝庫でもある。この宝の山から必要な情報を効率的にしかも適格に探しだすにはサーチエンジンと呼ばれる情報検索サービスを提供してくれるホームページをいくつか把握しておくことが大切である。そのようなサーチエンジンの代表として、米国にはYahoo!(ヤフー)、OpenTextAltaVistaLYCOSなどがある。これらは英語でしか検索できないので、日本国内のホームページを日本語で検索したい場合は、WWWナビゲーターNTT Directoryなどの国内のサーチエンジンも欠かせない。ただ、一般的に国内のサーチエンジンは米国のそれと比較するとかなり見劣りするのは残念である。いずれにせよ、各自の専門分野に応じてヒット率の善し悪しがあるので、サーチエンジンは一つで十分ということはなく、いくつか登録して目的に応じて使い分けることが大切である。
 サーチエンジンの長所は検索する対象がうろ覚えであってもかなりの確度で探しだしてくれることである。米スタンフォード大学の学生が始めたヤフーを例にとり、サーチエンジンによる検索の例を簡単に説明しよう。イギリスの大学にコーヒーメーカーの映像だけを流している有名なウェブ・サイトがあるが、そのホームページを探してみよう。まず、ヤフーのホームページにアクセスし、検索するキーワードとして「coffee」を入力する。検索するときのコツは最初から細かいキーワードを入れて検索範囲を狭めないことである。サーチエンジンは登録されているデータベースの中からcoffee関連のサイトを探しだし、ジャンル別に整理して出力してくれる。当然予想できるようにコーヒーの歴史についてのホームページなど多数のサイトの一覧が現れる。Computers and Internetのカテゴリーの中から、Trojan Room Coffee Machineを選ぶ。これが英ケンブリッジ大学の Trojan Room にあるコーヒーメーカーを流しているサイトだとわかる。検索した文字部分(リンクが張ってある部分は青色表示)をマウスでクリックすると、上記のサイトに自動的に接続を開始し、コーヒーマシンの映像を見ることができると共になぜコーヒーマシンの映像を流しているのかの由来も理解できる。なお、このジャンルにはオーストラリアの大学が Cappuchino Coffee Machine を登録しているのもわかる。どこにでも二番煎じはいるものだとつい微笑んでしまう。
 世界の情報をすばやくキャッチする上ではニュース系のホームページのチェックも欠かせない。ここでは無料で利用できる日米の代表的なサイトをそれぞれ一つずつ紹介しておこう。朝日新聞のアサヒ・コムCNNである。両者の特徴は情報が豊富であるというだけでなく、アクセスが早いという点である。重たい画像を使用したがためにホームページがパソコンの画面になかなか現れないサイトが多い中、上記のサイトはアクセスの軽さでも優れている。

3. インターネットで情報発信

 インターネットを利用すれば世界中から情報を入手することができるが、逆に情報を発信する立場から見れば、自らの情報をこれほど世界中にあまねく知らしめることができる媒体は他にない。インターネットのホームページを積極的に活用することが、企業の新しい戦略となる可能性は非常に大きい。しかし、実際にホームページを立ち上げるにはそれなりのコストがかかる。大企業等の中には自前のインターネットサーバーを構築している場合もあるが、多くの企業にとっては自前のサーバーを所有することは、大きな費用負担となる。少ない費用負担でホームページを持つためには、インターネットサービスを提供するプロバイダーのサーバーにホームページを構築することである。あるいは仮想ショッピングモールを構築する際にそのメンバーとして共同でホームページを立ち上げることなどである。最近では地元企業のインターネット利用を促進させるため「インターネット利用推進事業」をスタートさせ、ホームページの製作費用の支援に乗り出す県も現れている。
 次に、ホームページを開設したとしてもそれだけでは不十分だ。ホームページを立ち上げている多くの企業は、企業の業務内容や新製品の紹介を行っているだけの場合が多く、従来の紙によるパンフレットと大差ないものも多い。将来ほとんどの企業がホームページを持つようになると、特徴のないホームページは相手にされなくなる。ホームページを単なる企業紹介の場でなく、利用者との交流をはかる場としてとらえる必要がある。最近では、求人情報や採用の面でもインターネットを利用する動きが活発である。
 そこで、ホームページが備えるべき条件をいくつか整理してみよう。(1)情報提供は日本語と英語の切り替えができること。インターネットは世界を相手にする。日本語以外に事実上の共通語である英語でも情報を発信できなければならない。(2)内容の更新は最低限一週間単位で行う。半年や一年間もまったく同じ内容では情報発信としての意味がなくなる。積極的に自社のニュースや情報を公開しよう。(3)大きな容量の画像を載せることは避ける。ホームページにアクセスして最もイライラするのは、コンピュータのモニターに画像がなかなか現れないことだ。接続回線の太さにもよるが、配慮なしに大きな容量の画像を使用している場合が多い。(4)文字情報だけの簡単な表示にも切り替えられること。これは(3)に関連するが、画像が本質的でない場合は、文字情報だけをモニタに表示させ、アクセススピードを速めることも重要である。(5)訪問者の数(ヒット数)がカウントできること。通算どれだけの人が自社のホームページを利用しているかを把握できなければならない。ホームページビジネスを利用者から料金を徴収せずに独立採算で運営しようとする場合には、ホームページ上の広告が欠かせない。その場合にはホームページへのヒット数が重要な指標になる。テレビの視聴率に相当する。(6)メールの機能を組み込む。アンケートなどが電子メール機能を利用して簡単に送れるようにする。例えば、新製品に関するアンケートを行いマーケティングに活用することなどが考えられる。(7)提供できる情報やファイル(プログラム等も含めた)を載せておくこと。すべてのパソコン(Windows、Mac)、UNIXワークステーション利用者が簡単にダウンロードできるように配慮する。特定の機種やOSに依存しないのがインターネットの思想なので、この点を十分理解しておきたい。(8)関連する他のウェブサイトへの紹介とリンクを張ること。同業者や関連企業のうち最も関連する企業のホームページへジャンプできるようにリンクを付ける。(9)企業(担当者)の顔が見えるようにする。無機質でなく人の顔が見えるホームページづくりを心掛けたい。連載コラムなどを設けるは一つの方法である。遊びの要素を加味するのも重要である。(10)電子マネーでの支払に対応できること。オランダのデジキャッシュ社がインターネットでECashの実験を行っていることにみられるように、電子マネーは現在のところは実験段階にある。しかし、将来は、今のクレジットカードの発展形態として使われる可能性は非常に高い。インターネット上での支払手段として利用されることも期待される。インターネットでビジネスを計画する企業は今から備えておくべきである。
 いくらカラフルなホームページを製作しても中身が貧弱では次回からはアクセスしてくれない。ホームページの中身(コンテンツ)は、最終的にはその企業がどのような情報や技術を所有しているのか、あるいは開発しているかがポイントとなるという点をわきまえておくべきである。

4. デジタル化とネットワーク化

 インターネットが商用目的に利用されるようになるにつれ、従来のビジネス手法がしだいに変化してきている。一言で集約するならばアナログからデジタルの商売へ大きくシフトしているということである。新聞や雑誌はこれまではほとんどアナログ情報として提供されてきたが、それに加えて最近ではインターネットのホームページ上でデジタル情報として提供され始めた。情報の送り手としては紙へ印刷し全国各地に配送するコストを大幅に削減することができると同時に最新の新鮮な情報を時間の遅れなしに読者に伝送することができる。一方、読者は興味ある記事だけを選択して配信サービスを受けることも可能になった。テレビやラジオでは決まった時間帯でしか情報を得られないが、インターネットなら、自分の好きなときいつでも情報にアクセスすることができる。テレビショッピングによる買い物の大半は、インターネットのホームページショッピングへ移るかもしれない。
 パソコン一台あればインターネットへ接続することは可能であるが、企業内で情報の共有化をはかるには、コンピュータネットワークの整備が不可欠となる。新しくネットワークを構築しようとする企業は、まず第一にインターネットとの接続を優先順位のトップにおいて計画すべきである。他方、すでに企業内のネットワークを構築している企業はインターネットとの接続を果たし、企業内ネットワークをインターネットの一部として位置づけることが重要となる。このように、企業内ネットワークをインターネットの一部と位置づける考え方を最近は「イントラネット」と呼んでいる。電子メール一つを例にとっても、企業内のネットワークだけでしかメールのやり取りができなかったら効果は半減だし、非常に不便でもある。つなぎ目なしに企業内ネットワークとインターネットが接続していることが大切である。しかし、インターネットとつなぐことの危険性も理解しておくことが必要である。自社のネットワークがインターネットに接続しているということは、逆に世界中のコンピュータから自社のネットワークにも入ってこれるということでもある。機密事項を管理するコンピュータは、インターネットから物理的に切り離すという配慮は是非とも必要である。
 発展が見込まれるインターネット分野ではあるが、現在まったく問題がないわけではない。現在のインターネットの問題点をいくつか列挙してみよう。まずは、接続回線の太さが問題となる。専用回線を使用している恵まれた利用者は別として、大多数の人は電話線やISDNを用いてインターネットを利用している。自動車道路と同じようにインターネットでもネットワークの交通渋滞が発生する。目的のウェブサイトになかなかつながらない。データ伝送が遅くてイライラさせられる。今後利用者が急増すれば、社会的基盤としてのネットワーク回線の整備が急務となろう。次に、電話料金の高さの問題がある。一般の人がインターネットを利用する場合、ダイヤルアップ接続という方法で、電話回線を使って、契約しているプロバイダーの最寄りのノード局につないでサービスを受ける。市内にノード局があればよいが、ない場合は市外通話になる。市内にあったとしても、ホームページを見ていると一時間が経過するのはあっという間である。毎月の電話代に悲鳴をあげることになる。インターネット利用を阻む現行の電話料金を従量制から固定料金制に変更することが望まれる。次に、サービスの課金の流れがある。現在のところ国内のウェブサイトでは無料で情報提供している所がほとんどであるが、今後はサービスの利用者に課金する傾向が増えるだろう。すぐれたサービスに対しては、それ相応の料金を支払うのが当然であるが、課金することで却って、利用者から厳しい選別を迫られるところもでてこよう。その他、デジタル時代特有の著作権の問題やセキュリティー、コンピュータウイルス問題などが懸念される。
 マルチメディア・インターネット時代を生き抜くコツは、デジタルデータに慣れ親しむことである。ワープロ、通信、表計算、データベース、グラフィックスの各ソフトを使いこなせるか。パソコンで扱えるデータの種類についての知識があるか。簡単にDTP書類を作ることができるか。パソコンでプレゼンテーションができるか。ウェブのホームページの英語が苦労なく読める程度の語学力があるか。基本的な用件の電子メールを英語でだせるか。ウェブの検索機能を使いこなせるか。簡単なホームページを設計できるか。ネットワーク上でグループ仕事ができるか。以上の問い掛けにすべてうなずければ、あなたは今のところは安泰である。



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