特別編 きょうの発言 熊本日日新聞夕刊コラム[top]
2009年5月22日発行
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みなさん,こんにちは.笹山です.
2009年1月5日から3月30日にかけて,『熊本日日新聞』夕刊の3面コラム
「きょうの発言」に掲載された文章です.
日々の経済ニュースを素材にして,経済学の基本的な考え方を説明していま
す.興味あるテーマから読んでいただければ幸いです.
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【熊本日日新聞夕刊コラム きょうの発言 目次】 タイトル
1『熊本日日新聞』2009年1月5日(月)夕刊 36年続く経済年表
2『熊本日日新聞』2009年1月19日(月)夕刊 不況と恐慌
3『熊本日日新聞』2009年1月26日(月)夕刊 恐慌シフト
4『熊本日日新聞』2009年2月2日(月)夕刊 限界消費性向
5『熊本日日新聞』2009年2月9日(月)夕刊 日本の貯蓄率
6『熊本日日新聞』2009年2月16日(月)夕刊 基本の経済データ
7『熊本日日新聞』2009年2月23日(月)夕刊 県民所得 低さに戸惑い
8『熊本日日新聞』2009年3月2日(月)夕刊 ビッグマック指数
10『熊本日日新聞』2009年3月16日(月)夕刊 価格弾力性
12『熊本日日新聞』2009年3月30日(月)夕刊 経常収支
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1『熊本日日新聞』2009年1月5日(月)夕刊[top]
36年続く経済年表
「一年の計は元旦にあり」と言います。私は日記では挫折しましたが、一つだけなんとか今も続けられていることがあります。それは「経済年表作り」です。始まりは1973年。同年にスタートした変動相場制の時代を記録しておこうと思ったのがきっかけでした。
始めたころの年表は、スカスカで、かなりいいかげんなものだったのですが、93年ごろから少しずつ充実し、最近では詳細をきわめるようになってしまいました。
出張で数日間空けると後が大変です。テーブルの上にうずたかく積まれた新聞の切り抜きを見て、正直うんざりすることもあるのですが、「後で役に立つ」「多くの方々に利用していただいている」ということが励みになっています。
私は大学1年生向けに経済学の入門講義を担当しているのですが、「今生きている時代を自分の眼で記録することは大切だ」と学生にも勧めています。一部を定期試験にも活用することもあります。2005年からは年表に加えて、熊日と全国4紙の社説見出しも整理し始めました。そんなこんなで、休日は年表整理で半日がつぶれています。
今年は「2009年の経済年表」となりますが、1月1日の項目は「スロバキア,ユーロ導入」です。ネットで公開していますので興味ある方は「笹山ゼミ」で検索してみてください。見ていただけると幸いです。
2『熊本日日新聞』2009年1月19日(月)夕刊[top]
不況と恐慌
2008年ほど前半と後半で経済状況が大きく転換した年は珍しい。うなぎ上りかと思われていたガソリン価格も8月の1リットル185円(全国平均)をピークに下がり続け、直近では熊本で100円台に低下しています。一部例外を除いて多くの国際商品価格も同様な推移をたどっています。インフレからデフレへ、ジェットコースターに乗っているようです。多くのエコノミスト、メディアは180度変化した今日の惨状を見通せませんでした。わたしもその一人です。
転換点の象徴は2008年9月15日のリーマン・ブラザーズの破綻でしょう。サブプライムローン問題が顕在化した2007年8月9日の「パリバ・ショック」から1年の間に、米国の金融危機は世界の金融危機に広がり、さらにその流れは実体経済までも飲み込み、今や「100年に1度」とも「これまでにない」という意味で「世界恐慌2.0」とも表現されています。
世界的に需要は落ち込み、景気に敏感な統計の一つ新車販売台数は3割も落ち込み、米ビッグ3だけでなく、日本の自動車産業も苦境に陥りました。熊本にも大手自動車や電機の関連会社が多数あります。熊本の有効求人倍率は11月には0.51倍まで低下しました。不況と恐慌の違いを例えて次のように言われることがあります。「隣人が失業するのが不況、自らが失業するのが恐慌」。政府の財政政策の有効性が問われる時です。
3『熊本日日新聞』2009年1月26日(月)夕刊[top]
恐慌シフト
「チェンジ」を掲げて当選した民主党のオバマ氏が米新大統領に就任しました。世の中は、米国発の世界恐慌。世界中が米経済の一刻も早い立ち直りを願っています。最も注目されるのはオバマ政権の経済担当スタッフ。米国のある経済学者はこの経済スタッフを「ドリームチーム」と呼んでいます。
財務長官のティモシー・ガイトナー(47歳)、国家経済会議委員長(経済担当大統領補佐官)のローレンス・サマーズ(54)、大統領経済諮問委員会委員長のクリスティーナ・ローマー(50)の3人が主要メンバーです。
この経済チームを仕切ると思われるのがサマーズです。高名な経済学者であるばかりでなく、クリントン政権時代に財務長官を経験し、当時の宮沢蔵相に日本の内需拡大や構造改革を迫った手強い交渉相手でした。
彼の下で国際担当の財務次官をつとめたのがガイトナーでした。彼はニューヨーク連銀総裁として昨年のベアー・スターンズ証券の救済をはじめ一連の金融危機に際しての働きにより、財務長官に抜擢されました。ローマーはカリフォルニア大教授で、恐慌などの経済史についての専門家です。それに加えてFRBのバーナンキ議長(日銀総裁に相当)は恐慌の研究者としても著名です。
米の陣容はいわば「恐慌シフト」チームといって過言ではありません。今後は、サマーズの言動に注目です。
4『熊本日日新聞』2009年2月2日(月)夕刊[top]
限界消費性向
私の経済学入門を受講している大学1年生約100人に、「バイト代が前月に比べて1万円増えたら,増えた1万円のうちどれだけ使いますか」と尋ねてみました。
最も多かった回答は「5000円ぐらいは消費する」でした。この場合、経済学の専門用語では、限界消費性向は0.5であるといいます。増えた消費額を増えた所得額で割って計算します。実はこの限界消費性向が大きければ大きいほど、国民の消費が増え、政府の経済政策の効果も大きく、経済成長率も高くなります。日本経済全体では、限界消費性向の値は0.6から0.7の間です。
政府が一人当たり1万2000円(18歳以下と65歳以上は2万円)、総額2兆円の定額給付金を国民に配った時、国民は、このうちどれだけを消費に振り分けるかが、重要になります。
今回の給付金とほぼ同じような性質で、1999年春に実施した地域振興券の場合、内閣府の調査によれば限界消費性向は0.3でした。残りは使われずに貯蓄に回りました。その結果、GDPは0.1%しか伸びませんでした。
振興券や給付金の限界消費性向が低いのはなぜでしょうか。それは国民にとっては一時的な所得の増加であり、将来に渡って増える恒常的な所得ではないからです。景気対策で重要なことは、1回限りではなく、国民の恒常所得を増やす施策を実行することです。
5『熊本日日新聞』2009年2月9日(月)夕刊[top]
日本の貯蓄率
最近の日本の貯蓄率は低いと講義中に話すと、多くの学生が意外な顔をします。これまで日本の貯蓄率は高いと学習しているからです。ここでの貯蓄率とは税金等を差し引いた自由に使える所得(可処分所得といいます)に占める貯蓄の割合です。
2008年12月末に内閣府が発表した2007年度の家計の貯蓄率は、前年度から1.8ポイント低下し2.2%でした。1997年度の貯蓄率は11.4%だったので、学生が驚くのも無理ありません。この間、家計所得も若干低下していますが、それ以上に貯蓄の減少が大きいことが、貯蓄率の大幅低下となって現れています。
それでは、なぜ日本経済全体で貯蓄率が低下したのでしょうか。代表的な一つの見方は以下のようなものです。
私たちの所得や資産は、一般的に勤続年数が増すにつれ増加し、退職時に最大値に達すると考えられます。退職後はそれまで蓄えていた貯蓄を取り崩しながら生活するので、この間の貯蓄率はマイナスになります。高齢化が進めば、人口構成に占める退職者の割合が増加し、全体として貯蓄の低下が生じます。
この説が正しいとすれば、いまのペースで日本の少子高齢化が進むと、今後も貯蓄率の低下は避けられません。長期的に経済成長を支える原資となるのが貯蓄。米国のように海外の貯蓄に頼るのも一つの方法ですが、自前でまかなうことを基本としたいものです。
6『熊本日日新聞』2009年2月16日(月)夕刊[top]
基本の経済データ
難しいと言われる経済が、面白くなるコツが一つあります。それは基本となる経済データをいくつか覚えることです。まずは最も基本となるGDP(国内総生産)の値です。日本経済が一年間に新たに生み出す生産物の価値であり、約500兆円です。財布やポケットに入っている最も大きな硬貨と関連づけると容易に覚えられます。
経済ニュースには大きな数値が登場しますが、GDPの数字を基準に考えると直観的にとらえやすくなるものです。
次に、世界と日本経済の展開を見通す際に重要なのは、円相場です。これまでの東京市場の最高値は1995年4月19日に記録した79円75銭です。この1カ月前には地下鉄サリン事件が起きています。大きな出来事と一緒に覚えると、歴史の一こまとして思い出すことができます。
3つ目は日経平均株価です。バブル経済の絶頂期1989年12月29日には、何と3万8915円87銭でした。バブル崩壊後の最安値はこれまでは2003年4月28日だったのですが、2008年10月28日の6994円90銭がそれに取って代わりました。2003年当時も、昨年と同じソニーショックと称されていました。
今後、円相場が79円を突破し、株価が6900円を割る事態になると、日本経済はさらに厳しい局面に入ります。そのような展開にならないことを願います。
7『熊本日日新聞』2009年2月23日(月)夕刊[top]
県民所得 低さに戸惑い
熊本県の2006年度の一人当たり県民所得は、239万8千円で全国40位でした。内閣府は毎年この時期に発表しています。13日付の県民所得の記事を見た多くの方は、おそらく自らの年収とすぐ比較したことでしょう。そして全国での順位の低さに戸惑いを覚えたことでしょう。
ちなみに全国平均は306万9000円。熊本は05年度の37位を除いてここ数年、40位に固定しています。
実は県民所得とは、賃金などの雇用者報酬、利子・配当の財産所得と内部留保からなる企業所得の3つを足した値です。従って大企業が多く存在する大都市圏などは、県民所得が高くなる傾向があります。
それでは賃金所得に近い雇用者報酬はどうなっているのか知りたいですね。内閣府のサイトで調べてみました。06年度の熊本県の一人当たり雇用者報酬は405万6000円で全国36位、全国平均は483万8000円です。1999年度まで30位だったのですが、その後順位を落としています。気になる福岡県は447万円で21位、佐賀29位、大分33位、鹿児島37位、宮崎40位、長崎45位と続きます。
熊本は県民所得の順位でも九州の真ん中。全国の真ん中を目指したいものです。県民所得より雇用者報酬が高いのは、前者は県の人口で割っているのに対して後者は雇用者数で割るからです。
8『熊本日日新聞』2009年3月2日(月)夕刊[top]
ビッグマック指数
為替の世界にはビッグマック指数という有名な統計があります。ニュースに登場する円相場は外国為替市場で決まる値ですが、例えば1ドル=90円が必ずしも実際の円やドルの価値を表しているとは限りません。世界中で同じ商品を1つ選び、それぞれの国での値段を比較すれば、円相場とは別の貨幣価値を知ることができます。
このようにして求めた為替相場を経済専門用語で購買力平価といいます。英の経済誌『エコノミスト』が選んだ商品がビッグマック。このバーガーの価格で計算した30数カ国の為替相場を毎年公表しています。
2月4日付のサイトで発表されたデータを使って説明します。2009年1月末時点のビックマック1個の値段はアメリカでは3.54ドル、日本では290円です。290円を3.54ドルで割ると1ドル当たり何円かが計算できます。購買力平価は1ドル=81.9円となります。1ドルで約82円の買い物ができることになります。
1月末の市場で決まった円相場は1ドル=90円だったので、購買力の観点からすれば、市場の円相場は割安すなわち円安・ドル高になっていると判断されます。
ただ、バーガーの値段だけで一国の通貨価値を決めるのは少し乱暴なので、通常は総合的な物価指数を使います。海外へ行った時は、ビッグマックの値段を日本と比べてみませんか。
9『熊本日日新聞』2009年3月9日(月)夕刊[top]
レモン
「レモン」という言葉に、さわやかなイメージを抱く人が多いと思いますが、経済学では「欠陥商品」という全く逆の意味で使われます。見た目はきれいでも、かじると、酸っぱさに顔をしかめてしまうのが理由だと言われています。レモン車といえば欠陥自動車、あるいは事故車であることを隠して販売している中古車の意味になります。
「市場での自由な取引にまかせておけば、需要と供給から商品の最適な価格が決まり、生産と消費に無駄がない」というのが経済学の基本ですが、この命題が成立するためには、売り手と買い手が売買される商品について同等の情報を持つことが前提。売り手も買い手も価格の高低で車の善し悪しを判断します。
ところが、売り手が買い手より商品について多くの情報をもっている(情報の非対称性)ことをいいことに、高価な中古車の中にレモンを密かに混ぜて売ったらどうでしょう。価格が商品の評価を示す指標として機能しなくなり,買い手の信頼を失います。これが広まると、悪貨が良貨を駆逐するように、中古車市場は消費者からそっぽを向かれてしまいます。
このような状態を「市場の失敗」と呼んでいます。情報の非対称性を是正するために、中立的な認証機関が商品について認証マークを発行することなどが行われます。
教育もレモンと言われないように自戒したいものです。
10『熊本日日新聞』2009年3月16日(月)夕刊[top]
価格弾力性
なぜ、観光地のホテルは平日宿泊料金が割安なのか。なぜ、映画館は水曜日をレディースデーにして女性料金を安くするのか。なぜ、タクシーの深夜料金が高いのか。
企業によるこれらの価格政策の背後にあるのは「需要の価格弾力性」という経済学の教えです。
消費者は普通の商品であれば価格が下がれば需要量を増やし、価格が上がれば減らします。売上高は価格×数量ですから、価格を引き下げた割合以上に販売数量が増えれば売上高は増えます。昔から言う「損して得取れ」です。
弾力性は商品によって違いがあります。ホテルは入りの少ない平日の料金を引き下げて、客を呼び込もうとします。映画館は価格に敏感と言われる女性の目を引こうとレディースデーを導入します。タクシーは競合相手が少ない深夜の料金を高くします。最も成功したと言われるのは、2000年に日本マクドナルドが実施した平日のハンバーガー半額。1個130円を65円にすると販売個数は約5倍になり、売上額も増えました。
07年に熊本市が、市電料金を150円均一としました。今年1月11日付熊日朝刊によると、これにより、乗客数は年間で7.3%,運賃収入は4.2%増加したとのことです。これも価格弾力性活用の例です。
周囲の料金設定に注意を払ってください。価格弾力性を活用した事例に気付くかもしれません。
11『熊本日日新聞』2009年3月23日(月)夕刊[top]
中央値
日本の一世帯当たり平均貯蓄額1152万円。金融広報中央委員会が2008年発表した2008年調査のデータです。この金額にどのような感想をお持ちでしょうか。「よそはたくさん貯蓄をしているんだな」とため息をつかれる方もいるかと思います。
ご安心ください。全世帯の約7割が、平均値より少ない貯蓄額なのです。実は経済データでは平均は必ずしも本来の意味での平均を表していないことが多いのです。
平均が意味をもつのは、全体の分布が平均を中心にして左右対称の釣鐘型(正規分布)をしているときです。貯蓄額や所得額は正規分布になっていません。平均以下の部分の方が厚みがあります。少数の高額所得世帯のために、貯蓄額の平均値は高めにでてくる傾向があります。試験の成績などは正規分布に近く、平均点が目安になります。
それでは何を基準にしたらいいでしょうか。中央値です。貯蓄額の少ない世帯から多い世帯へ順番に並べてその真ん中に位置するのが中央値です。今回、貯蓄額の中央値は430万円でした。これが日本の世帯の貯蓄額の真ん中です。
ニュースに登場する平均貯蓄とか平均所得などは、全体的な平均を必ずしも示しているわけではなく、どちらかというとかなり高めにでる傾向があります。経済ニュース報道では、平均値だけでなく、むしろ中央値に注目してほしいものです。
12『熊本日日新聞』2009年3月30日(月)夕刊[top]
経常収支
日本の経常収支は1月、96年以来となる1728億円の赤字を記録しました。経常収支は海外とのモノやサービスの取引、投資収益を集計しますが、相対的に輸入額が輸出額より増えると赤字。今回は輸出額の大きな落ち込みと海外投資からの収益減少が主な理由です。なお2008年1年間の経常収支は減ったとはいえ、16兆円超の黒字です。
実は、経常収支にはもう一つの重要な側面があります。一国全体の所得と支出あるいは貯蓄と投資の差額が、結果として経常収支の黒字・赤字に反映されるのです(マクロ経済の貯蓄投資バランスといいます)。
家計・企業・政府が所得の範囲内で支出をしていれば結果的に経常収支は黒字となります。あるいは、国全体で貯蓄以上に投資をしていると経常収支は赤字となります。日本や中国はこれまで貯蓄超過国で、米国は逆に貯蓄不足国でした。日本や中国の経常収支の黒字額が、米国の国債を購入する形で米国に還流し、米国の貯蓄不足を補ってきたのがこれまでの三国間の図式です。
オバマ政権下では、金融機関への公的資金の注入や景気対策で、2009年度の財政赤字は1兆7500億ドル(約170兆円)の巨額に達することが見込まれています。米国は、自国の貯蓄が増加しない限り、日本と中国の経常収支黒字に頼らざるを得ない環境にあるのです。
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【著者】 笹山 茂
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