●JIS X0212補助漢字とpTeX |
2002年4月7日記
現在、コンピュータで一般的に用いられている日本語文字種は1990年にほぼ現行の姿となったJIS X0208規格、いわゆるJIS第1・第2水準文字であろう。しかし、そこに収められた漢字文字種は計6,355文字ときわめて少なく、そこでその欠を補うため、ほぼ同時に定められたのが6,067文字の文字種からなる、JIS X0212である。このJIS X0212補助漢字は、Windows98以降のMS明朝・ゴシックTrueTypeフォントにおいては、Unicode上にマッピングされて実装されることとなった。またMacOSXでは、JIS X0208および、JIS X0212の文字種の一部を包含して2000年に策定されたJIS X0213、いわゆる新JISがいちはやく採用され、ヒラギノOpenTypeフォントにおいて、やはりUnicode上にマッピングされ実装されるに到っている。これにより、たとえば「森鴎外」の“鴎”の旧字等が、ある程度コンピュータ上で利用できるようになったものの、Unicodeに対応したアプリケーションがまだまだ少ない以上、これらの文字種を「満足に使える」という状況には程遠いだろう。
JIS X0208のテーブル内にマッピングされた文字種しかソース・テキストに直接記述することのできぬpTeXも、当然の如くこの制約から自由ではない。そしてこのことが、第1・第2水準に収まらぬ多様な漢字を扱う必要のある、和文文系学術におけるpTeX利用の大きな足枷となっていた。その柔軟な組版能力は、一般的なワープロ・ソフトなど及びもつかぬ恩恵を、和文文系学術にも与え得る可能性を秘めているにも拘わらず。
その克服のためこれまで、多くの方々によってpTeXでのJIS X0212補助漢字利用のための努力が積み重ねられてきており、その結果、pTeXの側での補助漢字取扱方法については、十分実用に耐え得る水準が達成されている。しかし、取り扱うべきフォントそのものに関しては、面倒な問題が残されていた。まず、Adobe等の商用フォントを入手して用いることはもっとも楽な道ではあるが、個人で利用するには決して安くない出費がともなう。そこでMS明朝などのTrueTypeフォントからTeXで扱えるPKフォント等に変換する方法なども用いられているが、この方法は一定のスキルが要求されるため敷居も高い。そしてなにより、両者ともフォントのライセンス上の問題から、広く共有されることは望むべくもないものである。これは、基本的にはOpenSourceかつFreeなツールであるTeXの在り方とも馴染まないことであり、よって誰もが気軽に利用・共有できるライセンス・フリーなpTeX用補助漢字フォントは強く求められるところであったといえよう。
かかる需要にこたえるため、国立学術情報センター(NACSIS、現・国立情報学研究所(NII))が図書館情報システム用に開発したNACSIS-UCS フォントをもとに、TeXのMETAFONTソースに変換した「平成明朝-W3補助外字」を、京都大学人文科学研究所附属漢字情報研究センターの安岡孝一氏が、ご自身のwebページ上で配布されてきた。そしてこの度、安岡氏およびNIIの許諾のもと、このフォントを、より扱いやすく美しいType1 フォントに変換し、無償にて配布することが可能となった。これにより和文文系学術におけるpTeX利用が促進されることを以て、側面から学術の発展に寄与せんことを願うとともに、快く変換および配布を認めてくださった安岡氏とNIIの関係者各位に、篤く感謝申し上げる。
METAFONTソースからType1 フォントへの変換に際しては、近畿大学九州工学部の角藤亮氏による、TeXtrace on Win32を使わせていただいた。