『「保育士の健康とくらしに関する実態調査」報告書』(2010年3月)について

このアンケートは、45の設問と、フリーアンサーによって構成されています。アンケートは、研究会メンバーとつながりのある保育園園長や主任に、主旨をご理解いただいた上で、各保育士に個別に回答していただき、厳封の上郵送していただきました。設問の内容は、年齢や性別、経験年数、雇用形態などの属性から、健康状態、睡眠時間、休憩時間や賃金、生活にわたる幅広いものです。
たくさんの設問に答えていただいたことにも感謝ですが、あわせて最後のフリーアンサーには、本当に切実な現場の生の声を書いてくださった方がたくさんいらっしゃいました。

以下、要点をご紹介しましょう。

子どもたちの健やかな成長を育む保育の向上にむけて:
「保育士の健康とくらしに関する実態調査」報告書抜粋

はじめに
 熊本保育研究会は、子どものくらし・健康と成長・発達を保障する保育を充実したものにしていくことをめざして、元保育現場経験者と保護者、研究者など女性有志が集まり、2007年より調査・研究・学習活動を行っています。その中で、昨今、保育の中心的な役割を担っている保育士の健康破壊がめだつようになり、そのことが子どもの保育はもとより、保育士自身のくらしや人生にも大きな影を落としていることが懸念されています。
 そこで、子どもたちの健やかな成長を育む保育の質の向上をめざすためには、何よりも保育士が元気で働き続けられる条件整備が必要であるとの共通認識の下で、2008年8月に熊本市内131箇所の公私保育所のうち私立の認可保育所28箇所418名にご協力いただき、363名から回答を得ることができました(回収率86.8%)。

1.今回の調査協力者の特徴(図、pp.9-11)
 今回の調査では、女性が97.5%を占め、年齢層は20代が39.1%ともっとも多く、次いで40代(24.1%)、30代(21.6%)の順です。
 在籍年数は、3年未満が28.9%、3~6年が28.1%です。それに対して経験年数は、1年未満〜4年が24.3%、5〜9年が25.9%です。一方、20年以上も21.2%を占めています。10年以上の経験者が半数を占めているにもかかわらず、在籍年数は7割以上が10年未満であるということは、契約や結婚・出産等の理由で一旦退職せざるをえない場合もあることが伺えます。
 そのため、雇用形態は、正規が51.5%であるのに対して、常勤臨時は36.6%、非常勤臨時は11.8%です。このことは、別の視点から見ると、保育所において、「常勤」の保育士が少なくとも9割はいないと、保育活動をすすめていくことができないということでもあります。しかし、実際にはその「常勤」の中で一方は「正規」、他方は「非正規」という条件の違いがあります。これは、近年の国の保育政策においても、非正規雇用の制限が取り払われたことと関連していますが、何よりも正規職員を確保できるだけの人件費が運営費補助によって賄えないことが根本原因だと考えます。  このような状況において、実際に保育士は仕事やくらし、健康面においてどのような悩みや不安をかかえているのでしょうか。

2.仕事の面での困りごと(図2-8、p.22)
 仕事の面での困りごと(回答者349人:複数回答)では、もっとも多いのが「賃金が安い」51.6%です。実際の平均賃金(控除前、表4-3、p.4-13)は、正規職員で「20〜22万円未満」23.9%の山がもっとも高く、次いで「22〜25万円未満」18.7%です。常勤臨時職員になると「15〜18万円未満」が55.8%を占めています。税金や社会保険料等を差し引いた手取りにすると(約2割減)、正規職員でも7割以上が20万円以下の収入となります。
 また、「家に仕事を持ち帰らなければならない」46.4%、「有給や振休がとりにくい」43.6%、「子どもから離れて休憩する時間がとれない」40.7%、「トイレに行くタイミングを逃す」39.8%、「昼食をゆっくりとることができない」35.0%など、長時間・過密労働の問題もあげています。
 実際の平均労働時間は、正規の場合、9時間台が28.0%、10時間以上も21.4%を占めています。さらに1週間のうちの最長労働時間を見ますと約7割(69.5%)が10時間以上となっています。常勤臨時でも平均労働時間9時間以上が35.2%を占め、最長では10時間以上が37.8%にのぼっています。
 このような余裕のない毎日の業務の中で、「年々、保育の仕事が難しくなってきた」36.7%、「保育所を利用する親・保護者とのコミュニケーションが難しくなってきた」36.1%、「子どもへの対応が難しい」20.3%など、ゆったりと子どもや保護者の思いに寄り添った保育活動を行うことが困難になっており、その悩みが加重なストレスにもつながっているのではないかと考えられます。  これらの問題は、一保育園の努力だけでは解決できないことであり、今日の保育制度の矛盾の現われでもあります。先にもふれたように、賃金や労働時間に加えて、「正規常勤職員の配置が少ない」36.4%、「身分が不安定」27.2%、「保育士1人に対する子どもの人数が多い」30.7%などの課題は、もともと児童福祉施設最低基準の水準が改善されず、さらに規制緩和されていることや、保育所運営費補助(国庫負担)等の削減などの問題と結びついていると考えられます。

3.くらしと健康への影響
 上記の問題を反映して、保育士のくらしや健康面にも影響が出ています。
 くらしの面での困りごとや不安、悩み(図2-36、p.34、回答者276人、複数回答)については、「失業や雇用の不安」25.7%、「仕事に追われて家事や家庭生活がおろそかになる」29.3%、「自由に使える時間や休日が少ない」29.7%、「収入が不足」22.5%、「自由に使える小遣いが少ない」21.7%などの困りごとをあげています。
 とくに長時間労働による生活へのしわ寄せは、最終的には睡眠時間の削減によって帳尻を合わせざるをえません。7割以上が変則勤務であるため、約6割が就寝時間は「決まっていない」と答えています。そのうち、遅い時は、63.2%が午前1時以降に就寝しています。
 そのため、健康状態(図2-1,2、p.18、回答者360人、複数回答)は「夜12過ぎに寝ることが多い」30.8%、「朝気分よく起きることができない・疲れが残っている気がする」46.9%、「疲れやすい」52.8%など、慢性的な疲労状態に置かれています。
 さらに、「家に帰っても仕事のことが気になる」26.1%、「イライラすることが多い」32.2%、「物忘れや思い出せないことがある」32.8%、「落ち込むことがある」30.8%など、過度のストレスによる精神的症状もあげられています。
 身体的には、「肩・首すじがこる」57.5%、「背中や腰が痛い」46.9%、「目が疲れる」33.1%、「めまいやたちくらみがする」26.9%、「足がむくんでいる」21.1%、「肌が荒れている」「胃腸の調子が悪い」(ともに20.3%)、「便秘や下痢をすることが多い」20.0%など、肉体的な疲労だけでなく、ストレスとの関係が深い大脳の疲れや血流の悪さ、消化器系等の不調にも結びついています。

 

4. 子どもを思う保育士たちの願い
 このような状況の中でも、保育士は、仕事に関して改善したい、改善しなければならないこと(表5-8、p.96、回答者334人、複数回答)について、最初に「保育士としての力量の向上」(51.1.%)をあげています。ここには、常に子どもや保護者に寄り添った保育を考え続け努力している保育士の姿が伺えます。しかし、この課題については、もはや個人の努力だけでは限界が生じています。それが、先の心身の健康状態に鋭く現われていました。
 その結果、6割以上が保育の仕事を「将来も続けたいとは思っているが、続けられないかもしれない」(56.3%)、あるいは「続けられないと思う」(9.7%)と答えています。その理由としては、「体力や健康上の理由」45.1%がもっとも多く、次いで非正規雇用化がすすむなかで「職責の重圧や能力の限界を感じるため」24.1%、「労働時間が長く、家庭生活への影響が生じているため」21.1%などがあげられています(表5-7、p.96、回答者359人、「理由」については複数回答)。
 先の仕事に関して改善しなければならないこと(表5-8、複数回答)については、「結婚・出産しても働き続けられるように雇用の安定化と労働条件を改善する」25.2%、「職員集団のまとまりをよくする」23.7%などの課題もあげられていました。保育士自身も子育てをしながら働き続けることによって、子どもや保護者へのまなざし、共感がより深まり、職員集団としてのまとまりや力量も向上していくのではないかと考えられます。

5.保育士も元気で生きいきと働き続けられる条件づくりが子どもの成長・発達を守る保育の向上の鍵
 これまであげてきた課題は、保育士だけでなく、広く親・保護者にも共通する働く者にとっての基本的な課題であり、子どもたちの保育環境、さらには保育の質を向上していくための鍵となっているのではないかと考えられます。保育士の働く環境については、社会保障・社会福祉政策の一環としてすすめられている保育制度と深く関連しているため、調査結果から考えますと、保育現場の現状を踏まえた制度を改善・拡充し、以下のような環境整備をすすめていくことが望ましいと考えられます。

 

1.保育を向上させるための準備や研究時間、研修の機会の保障
2.安定した家庭生活を営むことができるための長時間労働(残業・持ち帰り残業)、賃金の改善
3.保育時間の長時間化に伴う緊張とストレスを緩和するために、子どもから離れて体を休めることができる休憩時間と休憩場所の確保
4.職員集団のまとまりと保育実践の蓄積につながる正規雇用化と結婚・出産しても働き続けられる職場の条件整備
5.保育所待機児童を解消するための定員枠を超えた詰め込み保育を止め、子どもの保育環境の保障と国・自治体行政の責任による保育所の増設
6.国の児童福祉最低基準(職員配置基準、休憩場所など設備設置基準)の改善・拡充
7.常勤職員の正規雇用を実現し安定した保育所の運営ができる運営費補助と国庫負担割合の増加

 

以上の課題を実現していくために、当研究会においても保育関係者や行政関係者、さらには広く保護者、市民との対話・交流を深めながら、子どもの保育環境の一層の充実に取り組んでいきたいと考えております。今後も、皆様のご助言と協力をいただけますようよろしくお願いいたします。

上記にあるページ数は、報告書のページ数を指しています。ご関心のある方は、報告書についてお問い合わせください。
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