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第65回 時系列分析 共和分(コインテグレーション)[top]
2003年12月16日更新
2003年11月14日発行
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国経館 時系列分析 共和分 メールマガジン No.124
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みなさん,こんにちは.笹山です.
このメールマガジンは国際経済学科のメールマガジン「国経館」の1つとして,
国際経済学科のすべての学生に配信されています.
今回は,2003年のノーベル経済学賞に関連して共和分のお話をします.
マクロ経済学のメールマガジンとしてはNo.65です.
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【第124号】 時系列分析 共和分(コインテグレーション)
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2003年のノーベル経済学賞は時系列分析の先駆者グレンジャー教授とエン
グル教授に与えられました.エングル教授のARCH(アーチ)については前
回のメールマガジンで紹介しましたので,今回はグレンジャー教授の共和分
(きょうわぶん,コインテグレーション)について説明します.
まずは,『日本経済新聞』(10月9日)のグレンジャー教授の業績紹介部分
を引用しておきましょう.
「スウェーデン王立科学アカデミーは8日,2003年のノーベル経済学賞を
米国人で米ニューヨーク大学のロバート・エングル教授(60)と,英国人で
カリフォルニア大学サンディエゴ校のクライブ・グレンジャー名誉教授(69)
の両氏に授与すると発表した.
グレンジャー氏は「共和分」と呼ばれる時系列分析の基礎的な概念を構築し
たことが授賞理由.例えば為替レートと購買力平価がこの関係にあれば長期で
は日米の購買力平価が等しくなる為替レートに収れんしていくことが説明でき
る(抜粋).」
共和分(きょうわぶん)とは何か,共和分が成立していたらなぜ長期的な関係
の存在を示すことになるのかを中心に説明していきます.今回もちょっと数式
が多く出てきますがご容赦ください.
■定常性
経済時系列データについては定常性(stationarity)という概念が重要です.
最も代表的な1次の自己回帰モデルAR(1)を例にとってみましょう.
y(t) = α y(t-1) + u(t) (1)
ここで,u(t)は平均ゼロ,分散一定,共分散ゼロの攪乱項であるホワイトノイ
ズです.y(t)は例えば為替レートであると考えてもらえばいいでしょう.
(1)式で係数αの絶対値が1以上であるとy(t)の時系列は長期的にある値に
収束しません.α=1の場合をランダムウォークといいますが,実はランダム
ウォークも長期的にある値に収束しません.このような時系列データは定常性
を満たさないといいます.定常性を満たすデータは次の条件を満たさなければ
なりません.
定常性の条件:
時系列データの平均(期待値)が一定,分散が一定,共分散が一定.
定常性を満たす時系列データとは,分散(データのばらつき)が時間が経過し
てもある一定の範囲内に収まり,長期的にはそのデータの期待値(平均)に収
束するデータのことです.(1)式でαの絶対値が1未満であればy(t)は定常
性を満たします.なお,ホワイトノイズのデータも定常性を満たします.
定常性を満たさないデータをそのまま扱っても長期的な関係を論じることの意
味がなくなってしまうのです.
■和分
共和分に入る前に順序としては先に和分(わぶん:Integratioin)を説明して
おいた方がわかりやすいでしょう.時系列データについて和分は一般的に次の
ように定義されています.
和分(Integration):
定常性を満たす時系列データをI(0) (integrated of order zeroと英語では
いいます)とかきます.1階の階差をとることで定常性を満たす時系列データ
をI(1)とかきます.一般に,I(0)になるためにd回だけ差をとることが必要な
時系列データのことを,xt 〜 I(d) とかきます.このうちb回までの階差をと
ったデータ系列を I(d - b)とかきます.
一般的な定義をかくと上のようにちょっと難しくなってしまうのですが,要す
るに定常性を満たさないデータでも1階の階差をとると定常性を満たすことが
あるということです.階差をとるというのはすべてのデータについて1つ前の
データとの差を計算するということです.次のような記号でかきます.
Δy(t) = y(t) - y(t-1)
Δ(デルタ)は差をとったことを意味します.
以下のランダムウォーク過程は定常性を満たしませんが,
y(t) = y(t-1) + u(t) (2)
その階差をとると,
Δy(t) = y(t) - y(t-1) = u(t)
最後の右辺のu(t)はホワイトノイズですから,1階の階差をとることでy(t)は
定常性を満たすことになりました.
データによっては2回,階差をとることで定常性を満たすものもあります.お
およそ経済データの場合1階の階差をとると定常性を満たすデータが多いとい
う傾向はあります.
■共和分
和分は1つの時系列データだけについての定義でしたが,2組のデータの関係
について拡張したのが共和分(きょうわぶん:cointegration,コインテグレ
ーション)です.
共和分の定義:
非定常な1組の時系列データ,x(t),y(t)があり,それぞれ I(d)であるとし
ます.このとき,2つの時系列データの一次結合 x(t) - αy(t)もI(d)になり
ます.ところが,その一次結合(線形関係のこと) x(t) - αy(t) がI(d-b)
となるような定数αが存在するならば,x(t)とy(t)は(d,b)次の共和分である
といい(cointegrated of order d, b),αのことを共和分パラメータと呼び
ます.
例えば,y とx のデータの間に次のような長期的な関係が存在しているとしま
す.
y(t) = a + b x(t) (3)
y(t)とx(t)は共にI(1)とします.1階の階差をとれば定常過程になるデータで
す.(3)式を移項して,それを u(t)とおきます.
u(t) = y(t) - a - b x(t) (4)
右辺はxとyの一次結合になっています.xとyがI(1)ならばその一次結合もI(1)
ですが,xとyの長期的な変動が互いに打ち消しあって,その一次結合がI(0),
すなわち定常性をみたす場合があります.このような場合に,xとyは共和分
(コインテグレーション)であるといいます.そのとき(4)式でu(t)はI(0)の
定常過程です.
共和分の場合(4)を書き換えると,次のようになります.
y(t) = a + b x(t) + u(t) (5)
y(t)とx(t)がI(1)の非定常であっても,共和分が成り立っていれば,u(t)が
I(0)で定常であり,y(t) = a + b x(t) の長期関係の成立が保証されることにな
ります.
■購買力平価の例
購買力平価を例にとり共和分の分析法を紹介しておきましょう.日経新聞の記
事にもあるように,為替レートと日米の物価指数が共和分の関係にあることが
示されれば,長期的に購買力平価説が成立することが証明されたことになりま
す.そこで,まず購買力平価について簡単に説明しておきましょう.
購買力平価(PPP:Purchasing Power Parity)は,カッセル(Gustav
Cassel:1866-1945)によって唱えられた為替レート決定に関する考え方です.
一国の通貨価値を決めるのはその国の通貨の広い意味での購買力であり,その
購買力はその国の物価水準の逆数に比例すると考えられます.すなわち,その
国の物価が上昇してインフレになればその国の通貨価値は低下します.従って,
為替レートは自国の物価水準の外国の物価水準に対する比率として表すことが
できます.
円ドルレート=日本の物価水準/米国の物価水準
日本の物価水準が相対的に上昇すれば,日本の円の購買力は低下します.言い
換えれば円の価値が相対的に低下し円安になることを意味します.逆に物価水
準が下落すれば円高になります.上の式を絶対的な購買力平価と呼びます
(絶対バージョン).
物価指数はある年を基準にして計算するので,通常は,基準時点との比較で購
買力平価を計算する方法がとられます.その場合は次の式に従って計算します
(相対バージョン).
日本の物価指数(基準時点=100)
円ドルレート=基準時点の円ドルレート*--------------------------------
米国の物価指数(基準時点=100)
物価指数としては,卸売物価指数や消費者物価指数が使われます.以下では卸
売物価指数を使って分析を進めます.卸売物価指数に相当するデータは日本で
は今では「企業物価指数(CGPI:Corporate Goods Price Index)」に名
称が変わっています.アメリカでの名称は「生産者物価指数(PPI:Producer
Price Index)」です.
上の相対版購買力平価を記号を使って次のように書くことにします.これは後
で式の展開をするとき便利だからです.
P
S = So * --------- (6)
P*
S:各時点の為替レート So:基準時点の為替レート
P:日本の物価指数 P*:アメリカの物価指数
(1)式の対数をとります.
P
log S = log So + log ------
P*
ここで,さらに記号を置き換えます.これも式の展開をみやすくするためです.
s = log S, a = log So(定数になります)
P
p = log ------
P*
結局,購買力平価式は次のようになりました.
s = a + p (7)
(7)式に基づいて回帰分析するので,推定式は次のようになります.
s(t) = α + β p(t) + u(t) (8)
α:定数項 β:回帰係数 u(t):ホワイトノイズの性質を満たす誤差項
s(t)のようにt をつけているのは時系列データであることを意味します.
共和分の検定を行うには以下のような手順を踏みます.
1)データの定常性の検定
為替レートのデータ(s)と物価のデータ(p)がそれぞれI(1)過程であるかど
うかを検討します.それぞれのデータについて1階の階差をとり,それらが定
常性の条件を満たすかをチェックします.
2)共和分関係の推定
上で展開した購買力平価の(8)式に基づいて推定します.ポイントはu(t)が
定常性を満たすかどうかです.
検証の手法としては,ちょっと専門的になりすぎますが,名前だけ紹介してお
きます.Dickey and Fullerのunit root(単位根)テスト,Box-Pierceあるい
はLjung-BoxのQ統計量などを用います.このような分析は専用の計量経済分
析ソフトを用いて行います.
u(t)の定常性が満たされれば,購買力平価は長期的に成立していることになり
ます.
(注)
購買力平価については,私のメールマガジンも参照してください.
ビッグマック指数:
http://www.kumagaku.ac.jp/teacher/~sasayama/macroecon/mailmaga3.html
■データ
回帰分析を行う場合,今ではデータはすべてインターネットの各サイトから取
り出すことができます.
円ドルレートは,日本銀行のサイト
外国為替相場:
http://www2.boj.or.jp/dlong/stat/stat2.htm#03
日本の企業物価指数は,日本銀行のサイト
国内企業物価指数:
http://www2.boj.or.jp/dlong/price/price4.htm
アメリカの生産者物価指数は,米労働省労働統計局のサイト
Finished goods (seasonally adjusted) - WPSSOP3000:
http://data.bls.gov/cgi-bin/surveymost?wp
(注)物価指数については日本とアメリカで基準時点が異なっているので,共
通にするというちょっと面倒な作業をする必要があります.
■関連文献
Granger(1986), "Developments in the Study of Cointegrated
Economic
Variables," Oxford Bulletin of Economics and Statistics,
Vol.48, No.3,
pp.213-228.
グレンジャー教授による共和分の代表論文です.
刈屋武昭「米大2教授にノーベル経済学賞」
『日本経済新聞』 経済教室 2003年10月15日
グレンジャー教授とエングル教授の業績紹介とその解説です.
回帰分析や共和分の分析については以下を参照してください.
蓑谷千凰彦(1997)『計量経済学』多賀出版 特に8章
蓑谷千凰彦「計量経済学の新しい動向」『日本経済新聞』やさしい経済学
1992年11月26日から12月2日まで6回シリーズ
市川博也「入門マクロ経済の時系列分析」
『経済セミナー』2003年4月号から
共和分については8月号,9月号,12月号.
■関連サイトの紹介
2003年度ノーベル経済学賞紹介のオフィシャルサイトが何といっても充実
しています.2003年12月8日に受賞記念講演が行われます.これはイン
ターネットで中継されます.
2003年ノーベル経済学賞:
http://www.nobel.se/economics/laureates/2003/index.html
受賞発表ページ
★http://www.nobel.se/economics/laureates/2003/ecoadv.pdf
本格的な業績紹介
http://www.nobel.se/economics/laureates/2003/public.html
業績紹介の要約版
2人の受賞を伝えるUCSDのニュース:
http://ucsdnews.ucsd.edu/newsrel/awards/nobel.asp
Granger教授のサイト(カリフォルニア大学サンディエゴ校,UCSD):
http://econ.ucsd.edu/~cgranger/
Engle教授のサイト(ニューヨーク大学ビジネススクール):
http://pages.stern.nyu.edu/~rengle/
■まとめ------------
・時系列分析では,分析対象のデータの定常性が重要である.
・定常性が満たされないと,そのデータは長期的にある値に収まらない.
・定常性を満たさないデータをそのまま用いた回帰分析は根本的に問題がある
ことが指摘されている.
・定常性を満たさないデータでも,その階差をとると定常性を満たすデータが
多い.
・1つのデータについて1階の階差をとったデータが定常性を満たすときI(1)
とかく.
・2組のデータについて,それらがI(1)過程であるとき,それらの一次結合も
I(1)であるが,定常である(I(0))場合がある.そのようなとき2つのデータ
の組を共和分という.
・共和分の性質をみたす場合,2組のデータの間には安定的な長期的関係が成
立しているとみなすことができる.
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【課題】
2003年12月8日にはノーベル経済学賞の受賞講演がインターネットで世
界中に中継されます.エングルとグレンジャー両教授の講演を聴いてください.
エングル教授の講演(Prize Lecture, 41分間):
http://www.nobel.se/economics/laureates/2003/engle-lecture.html
グレンジャー教授の講演(Prize Lecture, 33分間):
http://www.nobel.se/economics/laureates/2003/granger-lecture.html
(注意)後日サイトにアクセスした場合,サイトの構成に違いがでてきたり,
URLが変更になっている場合がありますので,了解してください.
(アクセス日)2003年11月14日
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【Q & A】1階の階差をとると定常性を満たすデータを何とかく?
→ I(1)
【今回のサイト】 2003年ノーベル経済学賞:
http://www.nobel.se/economics/laureates/2003/index.html
【評価】★★★
私の評価の基準:最高が★★★,次が★★,最後が★です.
★1つは普通という評価です.
データが十分提供されているかどうかが評価のポイントです.
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【発行】 熊本学園大学 経済学部 国際経済学科
【著者】 笹山 茂
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Copyright 2003