明治29年(1896年)、第五高等学校(現在の熊本大学)の教師として来熊した夏目漱石(なつめそうせき)。彼は4年3か月の熊本滞在期間中に6回も転居。そのうち、5番目に移り住んだ家で、最も長い1年8ヶ月を暮らしたのがこの家です。当時、新婚だった鏡子夫人と暮らし、長女筆子さんが誕生した夏目家にとっての思い出の家。後に、鏡子夫人は「熊本で住んだ家の中で一番良かった」と語ったといわれています。筆子さんの産湯を使った井戸や、漱石の五高の教え子で後に物理学者で優れた随筆家となった寺田寅彦(てらだとらひこ)が泊まった馬丁小屋(ばていごや)などが現在も残っています。記念館として公開されている内部には、貴重な漱石直筆の原稿やレプリカ原稿、五高時代の写真などが展示され、和室の一室には漱石や猫のからくり人形があり、訪れる人を楽しませてくれます。