関連するメールマガジン
第74回 低下する日本の貯蓄率[top]
2004年6月29日発行
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
国経館 低下する日本の貯蓄率 メールマガジン No.142
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
みなさん,こんにちは.マクロ経済学を担当している笹山です.
このメールマガジンは国際経済学科のメールマガジン「国経館」の1つとして,
国際経済学科のすべての学生に配信されています.
今回は,貯蓄率の話です.
マクロ経済学のメールマガジンとしてはNo.74です.
------------------------------------------------------------
【第142号】 低下する日本の貯蓄率
------------------------------------------------------------
おそらく多くのみなさんは日本人は貯蓄好きで他の国の人々に比較して多くの
貯蓄をしているとおそらく高校までで習い,今もそのように思いこんでいるの
ではないでしょうか.ところが現実は違っているようなのです.まずは,以下
の記事を読んでください.
日経新聞 夕刊 2004年6月15日
貯蓄率,日米の低下顕著,欧州中銀とOECD調査――日本14%→5%
「欧州中央銀行(ECB)と経済協力開発機構(OECD)は9日,家計の貯
蓄率を日米欧で比較したリポートを公表した.貯蓄率は日米欧とも低下傾向に
あるが,特に日米で低下が顕著だ.貯蓄率は家計の収入から支出が義務づけら
れている税金などを除いた「可処分所得」に対する貯蓄の比率を示す.試算に
よると,1991年から2002年にかけて,日米欧はいずれも貯蓄率が低下.
なかでも日本は14%から5%台に,米国は8%弱から2%前後に大幅に下が
った.ユーロ圏は91年には日本とほぼ同じ約14%だったが,2002年は
10%弱と緩やかな低下にとどまった.日本では高齢化により貯蓄を取り崩す
家計が増えているのが背景とみられる.貯蓄率の低下は長い目でみた経済の成
長力を抑える要因になりかねない(抜粋).」
2002年 1991年
ユーロ圏 9.6% 13.8%
米 国 2.4% 7.5%
日 本 5.2% 13.8%
・European Central Bank(欧州中央銀行):
http://www.ecb.int/press/04/pr040609.htm
(June 9, 2004)(要約)
★Comparison of Household Saving Ratios-Euro Area/United States/Japan:
http://www.ecb.int/pub/pdf/comparisonhouseholdsavingseuusjpnen.pdf
(8pages)(pdfファイル)
他方,日本の貯蓄率が近年低下していることは,日本政府が発表する統計でも
明らかになっています.内閣府が公表する『国民経済計算年報』では2002
年度の貯蓄率は6.2%でした.
日経新聞 夕刊 2003年12月25日
昨年度,貯蓄率最低の6.2%――「国富」も5年連続減少
「内閣府は25日,日本経済の決算書となる2002年度の国民経済計算を発
表した.土地や建物など国民資産から負債を除いた正味資産(国富)は昨年末
時点で前年比3.4%減の2799兆円と,5年連続のマイナス.資産デフレ
に歯止めがかからず,土地資産は79兆円目減りした.家計貯蓄率も6.2%
と過去最低を更新,貯蓄の取り崩しが続いている(抜粋).」
内閣府とECBの統計で貯蓄率の値に差があるのは,各国で貯蓄と可処分所得
の定義に差があるためです.ECBの今回の調査は,違いのある各国の貯蓄率
の定義を統一して比較したことに意義があります.
内閣府のデータに基づいて,日本の貯蓄率を1980年度から2002年度ま
でグラフにしてみました.1981年度には18%もあった日本の貯蓄率は低
下傾向にあることが読みとれます.
★日本の貯蓄率(1980−2002年度)(笹山ゼミ,経済データのグラフ)
(注)内閣府,国民経済計算から貯蓄率を求めグラフにしたもの.
データ出所,内閣府経済社会総合研究所『平成14年度国民経済計算(93SNA)』(2004年4月公表)
(データ注)
可処分所得(純)は,『平成14年度国民経済計算(93SNA)』の家計の制度
部門別所得支出勘定にあります
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/h16-nenpou/90i5_jp.xls
貯蓄(純)は,家計の制度部門別資本調達勘定にあります.
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/h16-nenpou/90c4_jp.xls
『平成14年度国民経済計算(93SNA)』
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/h16-nenpou/16annual-report-j.html
■貯蓄率とは
貯蓄率(saving ratio,%表示)とは,家計部門の貯蓄を家計部門の可処分所
得(disposable income)で割った値です.
消費や貯蓄の元になるのが可処分所得です.処分可能な所得というのはどうい
うことかといえば,たとえばわれわれは稼いだ所得をすべて使えるかというと
そうではありません.それから税金などが差し引かれます.また,政府から年
金を受け取る人もいるでしょう.それら個々人の所得を集計して得られたのが
マクロ(経済全体)の家計の可処分所得になります.家計(消費者)は可処分
所得から消費をし,残った部分が貯蓄になります.そういう意味で,消費と貯
蓄はコインの表と裏の関係にあります.
可処分所得のデータは,内閣府経済社会総合研究所『平成14年度国民経済計
算(93SNA)』
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/h16-nenpou/16annual-report-j.html
の家計の制度部門別所得支出勘定にあります
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/h16-nenpou/90i5_jp.xls
貯蓄のデータは,家計の制度部門別資本調達勘定にあります.
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/h16-nenpou/90c4_jp.xls
上の統計から2002年度の家計の貯蓄は18.375兆円,可処分所得は2
95.462兆円です.従って,
貯蓄率=18.375/295.462*100=6.2%
(注1)
可処分所得や貯蓄の定義等については,内閣府経済社会総合研究所『国民経済
計算年報(平成16年版)』参考資料にある「用語解説」も参照してください.
(注2)貯蓄率は93SNAの基準からは次のように定義されるようになりま
した.
貯蓄率=貯蓄(純)÷(可処分所得(純)+年金基金年金準備金の変動(受取
))
参考資料:
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/h16-nenpou/materials_j.html
★「用語解説」:
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/h16-nenpou/term.pdf
(35pages)
■なぜ貯蓄は重要か
経済の成長を長期的に支えるのは投資です.その投資のための資金は主として
家計による貯蓄からくるのです.長期的に貯蓄率と経済成長の間には正の相関
関係が観察されています.みなさんがマクロ経済学ですでに学んだ貯蓄投資バ
ランス(ISバランス)が経済全体における貯蓄と投資の関係を把握するのに
役立つのです.
一国のマクロ経済には,次の式で示される貯蓄投資バランス(ISバランス)
が成立しています.
S−I = (G−T) + (EX−IM) (1)
46兆円 40兆円 13兆円 ← 2002年度の値
この式は,民間の貯蓄超過=政府の財政赤字+経常収支黒字,を意味し,民間
部門の投資をまかなって(ファイナンスして)あまった民間の貯蓄は,政府の
財政赤字を埋め,さらにあまった貯蓄は海外への投資という形で流出していく
ことを示しています.上の数値は2002年度の日本の場合ですが,両辺の値
が等しくなっていないのは統計上の不突合(エラー)7兆円があるためです.
このISバランスからわかるように,日本は貯蓄率は低下したとはいえ,いま
のところ貯蓄水準自体が大きいため国内の貯蓄で民間の投資と政府の財政赤字
をファイナンスして,さらに海外へも資金提供している姿が見て取れます.
------------------------------------
2002年度の日本のISバランス
------------------------------------
企業の貯蓄超過 =35兆円
非金融法人企業貯蓄超過=17兆円
金融機関貯蓄超過 =18兆円
家計の貯蓄超過 =11兆円
政府の財政赤字 =40兆円
経常収支黒字 =13兆円
統計上の不突合(エラー)=7兆円
------------------------------------
(データ出所)内閣府『国民経済計算年報2004年版』
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/h16-nenpou/90r3_jp.xls
(1)を書き換えると,次のようにも書くことができます.
I+G= S+T + (IM−EX) (2)
左辺の民間投資と政府支出(公共投資等)をまかなう(ファイナンスする)資
金の出所は,右辺の民間の貯蓄と税金と海外からの資金の3通りであることを
示しています.日本の場合は,民間の貯蓄が投資と政府をファイナンスして余
りある状況にあるので,その余った貯蓄は海外へ流出しています(IM−EX
がマイナス).
上でみたように日本の貯蓄率は低下していますが,貯蓄の水準自体は充分なの
で貯蓄率が低下したからと言ってすぐ大変なことになるというわけではありま
せん.ただし,可処分所得があまり伸びない状況で貯蓄率が恒常的にこれから
も低下し続けていけば貯蓄の水準もしだいに低下していきますから,将来は国
内の投資と財政赤字を国内の貯蓄だけではまかないきれずに海外からの資金に
頼らなければならなくなるかもしれません.そのときは恒常的にこれまで黒字
基調を記録している日本の経常収支は赤字(海外からの資金の流入)になって
います.
そのような状況になった場合,海外から日本への資金流入を誘導するために日
本政府は日本をより魅力ある(投資するに値する)国にする努力をしなければ
ならなくなります.財務省は,これまでのように赤字国債を自由に発行できな
くなるでしょう.野放図に財政赤字を垂れ流し続けたなら,アルゼンチンのよ
うに海外の投資家に利子や国債の元本の償還に応じることができずに一方的に
支払い停止(モラトリアム)を宣言せざるをえない状況に陥るかもしれません.
■貯蓄率低下はなぜ
★可処分所得と貯蓄(1980−2002年度)(笹山ゼミ,経済データのグラフ)
1980年度から2000年度までの可処分所得と貯蓄のデータの組み合わせ
を散布図に描いてみると,1980年度から91年度までは両者の関係は正の
相関があり可処分所得が増加するにつれ貯蓄も増加していることがわかります.
その一方,この間貯蓄率は低下傾向を示しているので所得の伸びほど貯蓄が増
加しなかったことが貯蓄率の低下となって現れています.裏返せばこの間消費
の大幅な伸びが生じていたことがうかがわれます.他方,1992年度から2
002年度の局面では,可処分所得はほぼ横ばいであり,従って貯蓄率の低下
はもっぱら貯蓄の減少によってもたらされていたことがわかります.
このような貯蓄(あるいは消費)と可処分所得の動きをうまく説明する理論が
あるでしょうか.まずは,マクロ経済学の入門で登場する単純な線形の消費関
数(貯蓄関数)ではうまく説明できそうもありません.1980年度から91
年度までの右上がり部分はいいのですが,その後の10年間の動きは説明不能
です.
1990年代以降の貯蓄率の低下を説明する1つの理論が「ライフサイクル仮
説」です.ライフサイクル仮説(Life Cycle hypothesis)とは次のような考
え方です.人は一生の間に稼ぐ生涯所得を前提に消費や貯蓄を行い,一生を通
じて平均的な消費水準を達成するように消費(貯蓄)を計画します.人の所得
や資産は勤続年数が増すにつれ増加し,退職時に最大値に達すると考えられま
す.退職後の隠居期間は労働期間に蓄えていた貯蓄を取り崩しながら消費生活
を行います.この隠居期間の貯蓄率はマイナスになります.経済全体のマクロ
の家計の貯蓄(率)はすべての人の貯蓄を集計してえられますが,人口の構成
で高齢化が進めば,隠居者の占める割合が増加して全体として貯蓄の低下が生
じます.この説に立てば,日本は今後も少子高齢化が進むと見込まれているの
で,今後も貯蓄率は低下していくという予想が得られます.
その他の理由としては,バブル崩壊後の可処分所得の伸び悩み,あるいは低下
傾向を受けて,は消費水準を維持するためには貯蓄を取り崩さざるをえなかっ
た家計が多数を占めたとも考えられます.こちらの考えに立てば,貯蓄率の低
下は長期的な傾向ではなく,景気が回復すれば貯蓄率も持ち直すという見通し
が得られます.
どちらの見方が妥当するかは,今後の展開を注目する必要があります.
(関連論文)
★2003年の経済財政白書(2003年10月24日公表):
http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je03/03-00101.html#sb1_1_4
(1章1−
4 貯蓄率低下の理由)
http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je03/03-1-1-32z.html
(高齢無職世帯の
貯蓄率はマイナス)
http://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je03/03-1-1-31z.html
(貯蓄率の国際比較)
経済財政白書は,貯蓄率の低下は日本の高齢化が原因とする説を採用しています.
★内閣府,家計貯蓄率は低下傾向:
http://www5.cao.go.jp/keizai3/2003/1120getsurei/image5.pdf
興味あるグラフが整理してあります.
★★財務省,21世紀の資金の流れの構造変革に関する研究会
「家計の貯蓄率と金融資産選択行動の変化及びそれらの我が国の資金の流れへ
の影響について」平成13年(2001年)4月
http://www.mof.go.jp/singikai/henkaku/tosin/hk007b1.htm
高齢化要因や,社会保障制度,年金,景気や雇用など将来に対する不安などを
包括的に議論しています.
★貯蓄率はなぜ下がったか
日米家計貯蓄動向の要因分析 永田雅啓 国際貿易投資研究所『国際貿易と投
資』2004年春
http://www.iti.or.jp/kikan55/55nagata.pdf
高齢化の進展よりも金利動向と増税が重要という.
■参考文献
Hayashi, Fumio(1997), Understanding Saving:Evidence from the
United
States and Japan, MIT Press.
日本の貯蓄分析の第一人者による研究論文集です.10章は事実観察として読
んでおくといいでしょう.
Kennedy, Peter(2000), Macroeconomic Essentials 2nd edition,
MIT Press.
pp.107-110.
入門的なマクロ経済学のテキストですが,よくできています.
■その他,関連文献
ニッセイ基礎研究所,エコノミストの眼,2004年5月10日号
「貯蓄率低下と資本ストックの減少」
経済調査部門 主任研究員 石川達哉
http://www.nli-research.co.jp/stp/nnet/nn040510.html
日本銀行,調査統計局ワーキングペーパーシリーズ
最近の家計貯蓄率とその変動要因について
― 総務省「全国消費実態調査報告」(1999年)・日本銀行「生活意識に関す
るアンケート調査」(第11回・2000年9月)の分析から ―
(肥後雅博・須合智広・金谷信)2001年 5月:
http://www.boj.or.jp/ronbun/01/cwp01j04.htm
(要約)
http://www.boj.or.jp/ronbun/01/data/cwp01j04.pdf
90年代の一時的な貯蓄率上昇を説明するのが主眼
土居丈朗「貯蓄率関数に基づく予備的貯蓄仮説の検証」
内閣府,ESRI Discussion Paper 2001年3月:
http://www.esri.go.jp/jp/archive/e_dis/e_dis010/e_dis001.html
1990年代の貯蓄率上昇の原因は失業の可能性が増加したことによるものと
分析.
■まとめ------------
・欧州中銀とOECDの調査によると,日本の貯蓄率は1991年の13.8
%から2002年には5.2%へ急落している.
・内閣府による2002年度の日本の貯蓄率は6.2%であるが,90年代以
降低下傾向にあることに違いはない.
・貯蓄率は家計部門の貯蓄を可処分所得で割った値
・経済成長の源としての投資を支えるの貯蓄である.
・日本の貯蓄投資バランスは今のところ,民間部門は貯蓄超過であり,政府の
財政赤字を埋めて,さらに海外投資のために流出している.
・貯蓄率の低下が今後恒常的に続くのであれば,将来貯蓄不足に陥る可能性はある.
・90年代以降の貯蓄率の低下を説明する理論としてはライフサイクル仮説がある.
・日本の高齢化の進展に伴い,高齢者世帯の貯蓄率はマイナスであるため,経
済全体としての貯蓄率が低下する.
・その他,不況による可処分所得の低下により貯蓄を取り崩して消費を維持し
たため貯蓄が低下したとする見方もある.
-------------------------------------
【課題】内閣府,経済社会総合研究所のサイトで『平成14年度国民経済計算
(93SNA)』にいき,家計の貯蓄率のデータを確認しましょう.
(注意)後日サイトにアクセスした場合,サイトの構成に違いがでてきたり,
URLが変更になっている場合がありますので,了解してください.
(アクセス日)2004年6月28日
------------------------------------------------------------
【Q & A】内閣府公表の2002年度の日本の家計部門の貯蓄率は何%?
→ 6.2%
【今回のサイト】 内閣府,経済社会総合研究所
『平成14年度国民経済計算(93SNA)』(2004年4月)
http://www.esri.cao.go.jp/jp/sna/h16-nenpou/16annual-report-j.html
【評価】★★★
私の評価の基準:最高が★★★,次が★★,最後が★です.
★1つは普通という評価です.
データが十分提供されているかどうかが評価のポイントです.
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
【国経館アーカイブ】 http://groups.yahoo.co.jp/group/kokkeikan/
------------------------------------------------------------
【発行】 熊本学園大学 経済学部 国際経済学科
【著者】 笹山 茂
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
Copyright 2004