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2024.07.11
高の面白い話(25)

 7月5日(金)の午後6時18分、私が昆山から列車Z304を乗り、河南省洛陽へ行きの旅を始めました。気まぐれの一人旅でしたので、移動手段は最低限の予算でより遠くの場所に行ける緑皮車(車身が緑ぽい旧型普通列車)を使いました。激減していく緑皮車のチケットの入手が難しかったです。138.50元の硬座と238.50元の硬卧(硬い寝台)が早々売り切れました。軟臥(柔らかい寝台)が372.50元もかかるため、私が10時間地面に座る覚悟をもって138.50の無座席を購入しました。

 乗車後、直ちに列車の食堂車へ行ってみました。嬉しいことは、食堂車にまだ席が空いて、しかも、35元の夕食代さえ払えば一晩安心に席を座れます。
 食堂車の座席が向かい合い式、名も知らない人々の偶然の対面でしたが、自然に愉快に話しあって、素朴で平凡な話題しながら長い走行時間をおしゃべりで時間を潰すことは面白いと思います。向こうに座っていた男性は河南省鄭州人です。お母さんと昆山の親戚を訪ねて深夜2時半鄭州駅で降りると聞きました。彼は回族イスラム教徒で、夕食の弁当に入った肉は豚肉かどうか真面目に確認してから35元を支払いました。お母さんが35元の夕食代を節約するために、食堂車を離なれて、事前に用意した“馬扎”(中国伝統座具)を持ってどこかへ行きました。
 夕食後、新疆特産品を売る方がユーモアな宣伝句で牛乳フレークとドライブルーベリーを販売に来ました。深夜まで静かになった食堂車が少し寒いでしたが、快適の一晩を過ごしました。

 洛陽駅に着くのは朝4時でした。二三十名の運転手が駅で客を呼び込みしていました。天空はまだ暗いし初めてきた都市に少し不安がありましたので、私がタクシーお待ち中の二名の地元の大学生に声をかけたら、彼らが予約したタクシーに乗り込んで、途中にある光がついた営業準備中の胡辣湯(フーラータン、Hu La Tang)のお店で降りました。
 店員に話をかけたら、お店で携帯のバッテリーのチャージと夜明けを待つことを許可くれました。お店の4人は大忙しかった、扇風機の風量が最大でも汗がたまらなかった様子でした。私にとって店内が寒かったので、近辺でぶらぶらしました。お店の看板は“逍遥胡辣湯”です。“逍遥胡辣湯”は河南名物であり、発祥地は河南省周口市です。小麦粉の生地、牛肉、コショウなどさまざまな香辛料が入った辛いスープで、有名な“小吃”(軽食や簡単な一品料理)でもあります。牛肉胡辣湯は水煎包(シュイチエンバオ、焼き小龍包)、油条、油餅(ヨービン)と相性が良さそうです。こちらは小さいなお店ですが、これらの品以外に、お粥と豆乳なども揃っています。
 4時半頃、来客と美団テイクアウトのドライバーが続々とやってきました。私は名物の“两掺”(半分豆腐脳、半分胡辣湯)を注文しました。5時半まで待ちましたが、来客で大忙しかったため、店員が豆腐脳を作る時間がありませんでした。私がやむを得ずお店を離れて、洛陽一日目の旅を始めました。

 まず、朝起き運動中の地元のおばさんに声をかけたら、近くに“王城公園”があることを聞いて、歩いて行きました。続いて、バスを乗って、地下鉄に乗りかえって、都市観光をしました。その後、地下鉄沿線にある温泉館へ行って、シャワーを浴びて服を着替えました。8時半頃に白馬寺に到着しました。
 白馬寺は1900年以上の歴史を持つ中国最古の仏教寺院です。入場料は35人民元でぜひ行きたいと思いました。民間は毎月旧暦1日、15日に拝仏祈願する説があり、ちょっと7月6日(土)は旧暦の6月1日でしたので、白馬寺に到着後多く地元のおばさんに囲まれてお線香を売りに来ました。私は5元の線香を持って古刹に参りました。

 ガイドの解説を購入しなかったです。拡声器を使って解説するガイドを見かけなかったため、声が比較的に大きいガイドのツアーグループの後をつけて、何となく白馬寺歴史や逸話の一部を聞き流しました。白馬寺の寺名の由来は中国に仏教を伝えた攝摩騰、天竺蘭のお二人及び白馬が“四十二章経”という経典を積み都の洛陽へ行った歴史かららしいです。歴史の流れで荒廃したことがあり、現存する建築の多くは明清代に再建されたものです。
 白馬寺に客が多くてお参りが盛んでました。私は天主殿、大雄宝殿、接引殿の順に三本づつお線香をしました。仏教の仏様に拝礼する方法や線香をあげることが分からないですが、心を込めて両親の健康、自分一家と弟一家の幸せを祈りました。一番奥は清涼台です。毘盧閣が建てられて、空間が狭くてお線香出来ませんが、庭に古代の井戸が願いの井戸になっていますので、人々が幸運と健康などを祈るために、井戸にコインを投げるのも見かけました。白馬寺に貴重な仏像、経典、文物が沢山あると聞きました。1000年以上前に訪問に来た遣唐使の空海様の銅像以外に、ミャンマー、タイ、インドの仏教寺院を再現する建物もあり、歴史文化が深い、景色も素晴らしい観光地だと思います。

 白馬寺で3時間ほど観光してから入場券無料の洛陽博物館へ行きました。洛陽には非常に多くの遺跡が発見されて、遺跡から各種のすばらしい文物が出土されて、多くの博物館が建てられました。洛陽博物館は総合的な博物館です。展示スペースが広くて、旧石器時代から様々の種類展示品があります。一人が館内を歩いたら、正直に目の前の精美の展示文物について私は何にも知らなかったし迷子にもなりました。ロビーに20元で携帯型の電子ガイド装置を貸し出し可能です。しかし、ここが十三朝の首都であった古都洛陽であり、何千年もの歴史、文明、文化が沈殿していたに違いないと考えたら、人工解説ガイドを探しに行きました。あるガイドツアーのガイドに話をかけたら、同僚の解説ガイドの連絡先をもらいました。私が50元を払ってツアーをつけて館内を観覧しました。
 解説員は真面目の方です。解説が首尾連貫していて、人類文明の発展、十三王朝の変遷、代表的な青銅器、三彩玉器、仏像、石彫、陶器、磁器など、特に“珍宝館”に展示された貴重の文物の貴重性、文物価値、考古学的発見や歴史話など生き生きと興味深く説明くれました。  

 青銅器と言えば、"鼎"(古代容器、普通は三つ足だが、四つ足の方鼎もある)は有名です。子供の頃、大好きだったアニメ三眼神童(三つ目がとおる)のあるシーンに中国古代文明の"鼎"が出てきて、その時から"鼎"を初耳にしました。
 博物館の銅鏡は、鏡が風化し腐食したので、展示する面は全部背面ということを始めて知りました。銅鏡は古代中国の儀式、生活中に大きい役割を果たして、展示品の装飾の図案が美しくて特別な意味を持っています。 古代中国文化に銅鏡は魔除けと安全を守るという意味を持っています。今の時代に青銅鏡を購入することは難しいです。そう言えば、私は煙台から安徽省へ主人と結婚式を挙げたとき、母が赤い布に包まれた2つの鏡も準備してくれました。銅鏡と言えば、中学校の教科書に載っている唐太宗李世民の名句“以銅為鏡,可以正衣冠;以古為鏡,可以知興替;以人為鏡,可以明得失”(銅を以て鏡と為せば、衣冠を正す可し。古を以て鏡と為せば、興替を知る可し。人を以て鏡と為せば、得失を明かにす可し)学生なら暗唱必要ですね。古代人はどうやってこんなに素晴らしい知恵と豊かな想像力になれたでしょう。
 館内多くの学生たちが熱心に解説を聞いたり、じっくりと文物を鑑賞したりしていました。若いうちに歴史を勉強する重要さと古人の知恵に気付いて素晴らしいことですね。私が耳を傾けて真面目に解説を聞いたつもりでしたが、わずかのものしか残ってないと思います。

 洛陽博物館を満喫後、お腹が空いてました。出口のお店で地元の名物牡丹餅1個を買って食べ終わった、タクシーで龍門石窟へ行きました。
 龍門石窟は敦煌莫高窟、大同雲岡石窟と並ぶ、中国三大石窟です。龍門石窟の入場料は90元、当日観光客が物凄く多かったです。有料のシャトルバス区間車がありましたが、私が人の群れを沿って途歩しました。洞窟を見た途端古人の芸術的な創造性に驚きました。私にとって洞窟寺院は初めてでした。しかもここは世界遺産です。 龍門石窟には、“一二三四五、十万両千八”という早口ことばがあります。つまり、石窟の景勝地は長さ1キロメートルがあり、計2345個の洞窟があり、北魏と唐にかけて約10万体の仏像が彫られて、2,800の碑刻があるそうです。北魏の皇帝が洛陽に遷都してから龍門石窟の建設が始まり、唐高宗の時代に最盛期を迎えました。最も代表的な石窟は唐代武則天統治時期に造られた“奉先寺石窟”で、龍門最大の石窟でもあります。平坦かつ丈夫の石灰岩山体に奥行き約38メートル幅約36メートルの空間に整いて、9体の巨大仏像が彫り出されました。最も大きい盧舎那大仏仏像の高さは約17メートル、お顔が武則天の容貌を写し面貌にした説があります。お手は破壊されて残念ですが、仏像は壮大で迫力があり、表情は美しく優雅の一方、威厳と慈愛も溢れています。魅了された観光客が祈りをして写真を撮り続けました。仏像を彫るのはかなりの資金が必要らしいです。盛唐時代の頑丈な財力、豊富の創造的才能、繊細な彫刻技術があるこそ盧舎那大仏が創られまたと聞きました。

 北魏の仏像と唐の仏像はそれぞれの特徴があるらしいです。私が見分けできないですが。最初多く仏像に頭がないこと見かけて何故か知りませんでしたが、後で、約1500年間の自然の風化、唐武宗時代の滅仏活動、そして戦争の炎や国内外の窃盗者の貪欲により、仏像が部分か全体的に窃盗されたり破壊されたりと分かりました。仏教信仰がない、歴史や芸術について知識がない私ですが、心を痛みました。歴史の前でも、風景の前でも、仏像の前でも、個人の存在はとても微小であることを感心しました。そして、過去、現在、未来に対して自分の無知も深く感じました。
 以前、河南省の友人から昔村民が家を建てる時よく古物を掘り出したと聞きました。今回来って良くわかりました。 ここで発見した多くの文物は海外に流れて海外で大切に保存されたそうです。
 確かに、宝物や文化財を見極める能力以外に、これらの文物の完備合理に守るため財源、技術などが大切だと思います。龍門石窟の保存や補強もそうです。夜7時半頃にライトアップがありました。川の対岸に立って、石窟を眺める。これらの仏像がこの先もずっと私たちを見守って頂きたいですね。

 龍門石窟を出て、応天門の夜景を楽めました。応天門は壮大かつ荘厳です。夜間ライトアップが凄く綺麗でした。古都の繁栄を再現した雰囲気の中、漢服を着て写真を撮る女性が多かったです。室中の舞台を有料鑑賞できますが、私が一日間まともな食事をしてなかったため、20分間夜景を見てから西工小街へグルメを食べに行きました。10:30ホテルにチェックインして、翌日8:30まで寝ました。

 翌日は雨でした。特に予定がなかったため、洛邑古城の近くの漢服館に行ってみました。
 この数年、漢服は流行っています。洛陽は漢服にお似合いと思います。夏、商、周、秦、漢、晋、隋、唐、宋、元、明、清の12朝代へタイムスリップの可能性があれば、私は大唐盛世に行きたいですね。歴史根拠がないですが、私の頭の中に大唐盛世は繫盛の頂点というイメージがあります。つまり、天下泰平、雄大な宮殿、豪華な衣装、歌舞詩画など派手な時代だと思います。
 私が入った漢服館は“洛神華韵”と呼びます。最初女将さんが229元と299元の漢服案内くれました。私の予算を超えたため、お店を離ようとしたら、229元の服を168元に安くしてくれました。カメラマンを依頼して写真を撮る場合に、コースにより150元や200元かかります。私は数枚記念写真さえあれば満足しますので、お店でアルバイトしている大学生の女の子が写真を撮りに行くと言ってくれました。
 盛唐の女性の衣服は赤や緑など鮮やかな色で層を積み重ねて優雅かつ豪華です。装飾が派手かつ複雑でキラキラしました。メイクのヒントはお肌を白くして、チークをとにかく多く使うようです。屹立した髪は視覚的に身体の高さが増してくれて、女性の華奢さ及び地位を示してくれるらしいです。
 お化粧と髪の造形が2時間半かかりました。お化粧の間、美容師と楽しく交流しました。洛陽は多くのメイクアップ学校があります。彼女が漢服館で働くために3,000元の学費を払いました。昨年の冬から洛陽に漢服のブームが来て、その後、毎月約500軒の漢服館がオープンし、漢服館の軒数は約3,000になったらしいです。私が変身の成果を大満足でした。洛邑古城へ行く途中、異様な目線もなかったです。古城に漢服を着っている方とカメラマンが殆どでした。盛唐は盛世でしたが、今の時代の繁栄、進歩、包容があるこそ、個人追及や文化自信などができると思います。
 元々漢服は最大10時間着れますが、私が30分ほど楽しんでからメック落として現実の自分に戻りました。

 その後、洛陽民俗博物館、大運河博物館にも見学しました。夜9時頃、緑皮車に乗りました。食堂車にはまだ席があって良かったです。 一泊二日の洛陽の旅はとても有意義だと思います。洛陽の風習人情が良くて、消費基準は高くありません。洛陽は“千年の帝都、牡丹の花城”と称されます。牡丹花は中国人にとって“富貴繁栄” “国色天香”を象徴する花です。4月がお花見の良い季節と聞き、いつかまだ洛陽へ行きたいと思います。

※文章は高さんの記述のまま掲載しています.

2024.06.27
苫小牧都市再生講演会で溝上教授が講演を行いました.

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 2024年6月27日(木)にグランドホテルニュー王子グランドホールにて,苫小牧市スマートシティ官民連携協議会,苫小牧市主催の苫小牧市都市再生講演会で,溝上教授が「熊本市の先進的な地域公共交通戦略 ~公共交通気品条例に基づく路線網再編計画から共同経営推進室の活動まで~」と題した講演を行いました.
 何故,苫小牧市?実は豊洲のバスタ,苫小牧駅前再開発などの件ですが,苫小牧市まちづくり推進部と清水建設のスマートシティ推進室のメンバーがサクラマチクマモトを訪問された折に,私もその対応や案内・ディスカッションに加わっており,その際に,熊本の地域公共交通政策のノウハウを苫小牧市スマートシティ官民連携協議会総会の場で講演してほしいという依頼があったからです.
 講演会は,王子製紙のお膝元らしくとても立派な老舗ホテルグランドホテルニュー王子の大ホールで開催され,聴講者は100人を超えていました.40分の講演時間でしたが,時間が足りずに後半は駆け足になり,それでも10分オーバーでした.その後3件もの質問があり,苫小牧市の公共交通の問題の深刻さ,参加者の関心の高さが窺えました.

   

 翌28日は梅雨知らずの北海道の青空の下,楽しい懇親会を味わいました.その日は,千歳市のビジネスホテルに宿泊し,翌29日は最近話題のsnow white cheeseを買うため,朝の7:30から列に並び,その後,16:00のフライトまでレンタカーで支笏湖までドライブをしました.支笏湖の周辺では,支笏湖温泉と幾つかのキャンプ場を除いて湖畔には降りれません.支笏湖温泉の北側からは美しい湖面と山が見えるのですが,所々にある駐車スペースは湖と反対の山側にあるため,写真は車がバンバン走る道路を横断した湖畔側の狭い危険な側道から撮るしかありません.どうにかなりませんかね.逆に,東側湖畔のScenic Bywayからは湖との間に雑木林があるために湖面がチラチラ見えるだけでした.沿道にはパーキングは全く無く,湖にアクセスできないのは環境保護や危険防止のためと思いますが,ちょっと残念でした.学生の時分,北大で初めて学会に参加した際,確か支笏・洞爺湖,白老,熊牧場を訪問したのを思い出しました.しかし40数年前のことで,全く記憶にありませんでした.

 この間,熊本では大雨,かつ湿気が凄かったようです.講演や懇親会やドライブなど,非常にハードなスケジュールでしたが,北海道での暫しの休息は幸せでした.

2024.06.23
高の面白い話(24)

 ゴールデンウィークを明けて、弟一家5人は昆山で10日間を過ごしました。あいにく、主人は連続出張で、私も仕事で大忙しかったです。昼間、弟一家はほとんどの時間を家で過ごしていました。夜と週末を利用して、皆で外食をしたり、買い物や遊園地へ行ったりしました。5人の子供が集まるといつも大賑やかでした。

 今回、弟は何か商売がないかを考察する目的に来ました。子供の日(六月一日、児童節)に、主人が5名の子供の世話をし、私が弟夫婦と同行して、世界最大の日用雑貨卸売市場として知られる中国浙江省義烏市の“義烏小商品批发市場”(義烏小商品卸売市場の総称)へ行きました。
 “義烏小商品批发市場”なら中国人にとって誰でも耳にしたことがあると思います。本気に行くまでに私がネットで色々と調べました。1982年始まった“小商品市场”は40年間の発展により、数回の移転、拡張を経て、現在の”義烏小商品市場”になったそうです。“義烏国際商貿城”、“篁园市場”、“宾王市場”3つの市場の総称でもあります。今回私たちは“義烏国際商貿城”と“篁园市場”へ行きました。

 “義烏国際商貿城”は5つの館があり、各館が3、4層あり、販売アイテムが幅広いです。弟がアクセサリー、玩具、日用品を中心に考察したかったため、私たちは1館を重点的に確認し、3館から5館までざっくり歩き回りました。ここは基本的に小売りをしないです。卸売でも格安ではない感じです。オーナーが経験深そうで、買いたい客と観光客を上手に見極めると思います。想像と違って館内の来客が少なかったです。外国客の姿が多く見れました。本来は一泊二日の計画を立てましたが、弟が興味ある製品を見かけていなかったため、三人は臨時に当日一番遅い便で昆山に戻ることを決定しました。余った時間に、服装を主に販売する”篁园市場”も行って見ました。とにかく広い売り場にとんでもない多くな服があります。私が何にも買えずに昆山に戻りました。

 弟一家が実家に戻ってから、日本と深センの上司が昆山にご出張を来ました。今月、新しい顧客が2社を開発できて、とても充実に過ごしました。
 続いて嬉しいことは、6月17日(月)~6月21日(金)私がバンコクへ行きました。会社がタイのバンコクで行ったプラスチック展示会を出展するため、少し英会話ができる私にチャンスを頂きました。会社がフライトスケジュールと宿泊先を決まり、得意先の黄社長も同行頂きましたので、初めて行った国でしたがとても安心しました。両替は上海浦東国際空港で行いました。私が2,020人民元を使って、9,000バーツの現金を両替しました。 約5時間のフライトを経って、私たちがバンコクのスワンナプーム空港に到着しました。ビザ免除措置を利用して、スムーズにタイに入国しました。
 空港には中国人、日本人、インド人が多いように感じます。空港がタクシー呼びにはGrabアプリを使いました。初使用でしたが、ドライバーがタイ語のメッセージを送ってくれて、簡単に中国語に翻訳くれました。運転手が英語もできます。車は緑と黄色の配色で、日本と同じく右ハンドルです。長年運転されたかもしれませんが、車の内装がボロボロでした。ホテルに向かう道中で見かけた車は殆どホンダやトヨタなど日本車でした。空港から遠くないところに、BYDのLOGOが見えました。中国の自動車事情に詳しいの黄社長が中国の新エネルギー自動車について運転手に聞きました。運転手が中国の新エネルギー車は強いなどと言ってくれました。アプリで呼ばれたタクシーでしたが、運賃は現金しか支払えませんでした。空港からホテルまで約27㎞でした。渋滞の原因で1時間も走りました。費用は550バーツ、中国により高いだと思います。また、タイでは現金の利用率が非常に高いことも分かりました。
 会社が決めたホテルはJALホテルでした。日本の来客が多くらしい、部屋がきれいでした。 チェックインしてから、私と黄社長がホテルの周辺でぶらぶらしました。ホテル出てからはずっらりの日本食レストランとマッサージ店です。建物の並び方は日本と似る感じですが、少し清潔感が欠けると思います。 5時半頃はラッシュアワーかもしれませんが、オートバイ、オープンカー、トゥクアウト、セダン、バスが多く走って大きいな騒音を生み出しました。特に、オートバイは多いです。ドライバーさんが体強そう、黄社長と私が危険を感じて一回ホテルに帰ってカバンをおろしました。

 フロントの方が勧めてくれたタイ料理店は午後6時30分にオープンしますので、初の食事は日本食にしました。お店が広かったです。串焼き、唐揚げ、お刺身とサントリーのビール2杯を注文しました。 お味はままでした。1200バーツ使いましたが二人とも満腹になってませんので、やっはりお勧めされたタイ料理店に行ってみました。お店の環境が綺麗に言えませんが、満員でした。タイのトムヤムスープがとても有名らしいので、頼んで見ました。ハーブが沢山入っていて、酸味とスパイシーが濃くて、異国の食事だなと感じました。
 お店を出るところに、大雨が降ったことお気づきました。社長がセブンイレブンで傘を購入しました。この周辺コンビニが多いです。WeChatとアリペイで支払うことができますし、実時レートが空港での両替によりも有利でした。しかも、小さいな透明傘が24人民元もかかってしまい、いくらコンビニと言ってもタイの物価が高いだなと二人が思いました。
 ホテル戻る途中に、良さそうなマッサージ店を見かけました。服が少し濡れましたし、黄社長とタイ式マッサージを体験しました。私が定番のタイ式マッサージを選びました。90分間で450バーツでした。黄社長が店員のお勧めを受けてアロマセラピーマッサージを選びました。90分間で750バーツでした。マッサージ師はつま先から頭に向かって、押す、引っ張る、こねる、つまむなど一連の動作をしてくれて、気持ち良かったです。

 タイに滞在の二日目は展示会の前日でもあり、仕事はブースの整理整頓でした。会社はタイにオフィスがありませんので、今回、日本、韓国、シンガポール、ベトナム、台湾、中国から社員が集まって来ました。私にとって、初対面の同僚が殆どでした。皆がお互いに挨拶してから、 ホテルから会場への移動しました。BTSが便利です。車内が込んでいて、外国人の割合が高いと思います。Thong Lo駅からBang Na駅まで7駅、43バーツでした。中国の地下鉄により高いです。
 この十数年、多く展示会に見学してきましたが、施工中の展示会場を見たのは初めてでした。 現場は埃っぽくでした。現地の労働者が統一なオーバーオールを着いて、作業していました。気温は30度以上ですが、エアコンがつけてなかったです。3、4時間働いてから、私たちのシャツが汗で濡れてしました。
 ブースの整理整頓が終わってからは自由活動の時間です。有名な観光スポット”大皇宮”へ行きたいですが、営業時間が午後3:30までのため、私と黄社長が四面仏に行きました。想像と違って、四面仏は道の角にあります。入場券の代わりに線香、蝋燭、ひも花など持ってお祭らしいです。毎年多くの中国お金持ちが願ほどきを来ると聞きました。 異国の宗教的な習慣がわからないので、私達が気軽に近くのショッピングモールを歩き回りました。
 夕食は社内ディナーでした。上司が選んだのお店は黄社長と行った和食店でした。雰囲気がよくて皆がいっぱい飲みました。食事後、レディーボーイショーを見に行った同僚がいまして、今後機会があれば私も是非一回見てみたいと思います。

 展示会の本番でした。朝から晩までブースに立ちました。新しい靴が足を痛めましたが、多くの国籍の方々とコミュニケーションを取れて本当に嬉しいです。タイに来るまでに、英語を話す環境がなくて、この度、中国語も英語も役に立ちました。言語の重要さが改めて感じました。
 帰国の前日、私と同僚がスーパーへ買い物に行きました。店員さんが英語を通じませんので、当時買い物中の女性にお勧めのお土産があるかと声をかけたら、先方が親切に棚ごとをご案内頂きました。先方は71歳の方です。ご両親は華僑ですが、ご自分はタイで生まれました。私たち三人がいっぱい楽しい交流をして、私がおばあさんを感謝しおすすめてくれたドリンクをご馳走しました。そして、おばあさんが喜んで周辺にあるもっと大きいなスーパーマーケットまで連れて頂きました。撮影が大好きな方でもありますので、同僚と私に沢山の写真を撮ってくれました。お陰様で、同僚と私がスーパーでおいしい夕食を食べて、楽しい買い物もできました。

 タイに滞在した5日間、新鮮な物事をいっぱい感じて満喫でした。驚きますが、バンコクにいる外国人が多いです。小さいなお店でも、日本語、英語、タイ語、中国語が絡み合って、ここは東洋文化にも西洋文化にも包容性があるなと感じました。また、タイの方の話方が温厚だと思います。両手を合わせて笑顔でサヴァディカと礼儀正しく言う姿をよく見かけます。仏教徒が殆どですが、レディーボーイショーといった観光産業が盛んでいて不思議な文化だなと思います。そして、お米がおいしくて、現地のMango Sticky Riceを特に好きです。今回、私がおばあさん紹介頂いたスーパーでSticky Rice(もち米)1パックとJasmine rice2パックを買って中国に持って帰りました。1パックが約500gで、わずか50バーツ、タイで数々の買った物の中に最もお得な品だと思います。因みに、ホテル近くにおいしいタイフードレストランがありまして、辛かったですが、たまらなかったです。幸い、ドリンクに氷が加えられて、いっぱい食べて飲みました。
 5日間しかないですが、離れると少し寂しかったです。青空を仰ぐと、道中電信柱と電線が著しいです。シンガポール、マレーシア、タイは中国人にとって大人気な観光先です。タイのプーケット、チェンマイ、パタヤ、チェンライが有名な観光スポットと聞きました。いつか家族で観光ガイドツアーで行きたいと思います。

2024.05.13
4UJICが熊本で開催されました.

   

 韓国ソウル市立大学,カナダカルガリー大学,中国同済大学,それに熊本大学を加えた4大学国際共同セミナー(4UJIS:4 University Joint International Seminar)が,2024年5月12日(日)~14日(火)にかけて熊本市民会館シアーズホーム夢ホールで開催されました.
 第16回目を迎えた4UJICですが,交通研究に関する学術交流セミナーを毎年交互に開催していたカナダカルガリー大学とソウル市立大学に熊本大学が加わったのは,ソウル開催の2008年にSeungjae Lee教授から招待されて溝上教授が参加したのが始まりです.2009年2月にソウル市立大学とは学部間交流協定(その後,大学間交流協定に)を締結し,2Uミニセミナーを開催.その後,2009にソウルで3U,2010に熊大で,2011にカルガリーで,2012にソウルで,2013に熊大で,2014からは中国同済大学も参加して今の4UJICになりました.熊大は同済大学とも大学間交流協定を締結し,2014には上海で開催.2015にカルガリー,2016にソウル,2017に熊大,2018に上海,2019にカルガリーと,毎年,順番に持ち回り開催してきました.

 溝上教授は毎年参加しており,この間,カルガリー大のCha Wirasingheやソウル市立大のSeungae Lee,同済大学のYuchuan Du達とは深い交流をしてきました.しかし,COVID-19の世界的な感染蔓延のため,2020年から2年間は休止せざるを得なくなりました.しかし,COVID-19 の感染も落ち着いた昨年の2023年にはソウル市立大学の尽力で4UJICは再出発し,今年は熊本での開催に至りました.
 既に熊本大学を定年退職した溝上教授は熊本開催を応援しつつも,準備には協力できず,また現職での多くの講義のために13日の午後のセッションからの参加になってしまいました.しかし,海外の旧知の仲間との再会は嬉しく,旧交を温めることができました.やっぱり学術交流も人と人との繋がりですね.

 熊本開催の準備をしてくれた熊大関係者,特にボスの円山先生,幹事長役の吉城先生,それに交通そのものではないですが計画研究グループの柿本先生,星野先生,竹内先生,田中先生,有り難うございました.来年は上海です.私も参加して発表できるよう,今から研究とお金の工面をします.

2024.05.05
高の面白い話(23)

 5月1日から5日まではゴールデンウイーク(五・一労働節)でした。連休に入った最初の2日間、家から約2㎞を離れた”永遇楽リゾートタウン”でのんびり過ごしました。
 前回、永遇楽に行ったのは2018年のことでした。その時、母と主人のご両親も一緒に連れて行きました。入場後滞在時間は最大18h、入浴とバイキングなどを含めて1人あたり129元でした。夜はショーとオークションライブが無料に見れて、私達にとって初めての体験でした。リラックスの時間を楽しめて、良い思い出がありました。

       

 この度、6年ぶりに来て、環境は昔により明るく清潔になって、新たな内装工事を実施したようです。夜のショーがなくなりましたが、無限定の果物サービスが追加され、児童楽園などレジャーサービス施設もより完善になっています。その代わりに、費用が1人あたり299元にアップしました。
 ここには非常に多くの休憩スペースがあり、仕様が様ざまで、躺平(横になる)のに最適です。客室やマッサージなど有料サービスがありますが、子供連れの私たちにとって、回数制限なしのお風呂、一日3回のバイキング、食べ放題の果物と飲み物やマイナス1階の娯楽施設だけでも十分に楽しめます。

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 入場後、フロントの店員に手札を渡されて、手札が全ての費用を記録し、退店時に一括精算します。手札は2階の着替室の専用カギでもあります。統一された浴衣に着替えて、決まった時間帯に3階のレストランでバイキングを食べること以外に、スリッパを履かてマイナス1階から3階まで自由に活動できます。

     

 食べ放題ですので、みんながよく食べます。私は食べないと損だと思って、普段より随分多めに食べてしまいました。特に値段が高い果物とドリンクばっかりを選びました。暇なので、思わずにヨーグルトを何本飲んだかを数えたり、食べた数々な果物もし買うといくらになるかを計算したりしました。しかし、子供はお金に概念がないです。彼らは1元のスティックアイスばっかり食べました。私は値段が高いアイスクリームを勧めしましたが、長男が”安いものを食べることに慣れた”と言ってくれました。まとめがあんまりにもすばらしいので、今思い出しても大笑いしてしまいます。
 マイナス1階の娯楽エリアに活動が多かったです。ゴールデンウィーク期間中のサービスとして、18時間滞在する来客にゲームコインを無料にくれました。我が家が合計600元のゲームコインを貰い、2人の子供は気が狂って、まず普段やらせないクレーンゲームやパチンコ機だけで300コインを使い、次に手作りコーナーでスマホスタンドのDIYを体験しました。最後に残ったコインがミニファン2台を交換しました。無料なので、人混みでした。店員は抖音(ドウイン、ショート動画アプリ )で商売繫盛の光景を数時間も生中継し、二人の子供が楽しく遊んた様子を30分間ほど生放送されました。

     

 ここで、子供たちは自らに遊んでいて、大人が気を使う必要はありません。主人が横になって果物を食べながら”ここが豚養殖場だな”と感嘆しました。笑いますが、私も同感です。唯一の不足は、連休期間人が多すぎて、休憩室までうるさかったです。休憩室のベットに独立なスクリーン付きで、寝心地も良かったです。子供達が一晩ここで寝たかったですが、当日主人の実家へ行く予定があるため、次回に泊まるしかないです。

 深夜12時頃、主人と釣り友が蘇州で集合して、安徽省黄山市へ出発しました。遊び疲れた子供達は、ぐっすり眠りました。朝7時頃、私達が村に着きました。朝食を食べてから主人と友達が太平湖へ釣りに行きました。私と子供達が家に残って、”采茶”(お茶摘み)と”製茶”(お茶葉を加工する作業)を体験しました。黄山地区の山谷が深い、雲霧が多い、湿度が大きいです。所謂”良い山良い水が良いお茶を生む”、ここは”黄山毛峰”と”太平猴魁”の産地です。

 私は村の景色が大好きです。ドアを開けると大きな川と山があり、高山雲霧がかかっている中に、馬頭墙(安徽省の伝統建築仕様)がある2階建てがずらりと並んでいます村民が家禽を飼わなくて、お茶の季節にお茶を作り、他の時間はアルバイトに出かけています。ここで、だれの家にも茶畑があります。義理の父母には十数ムー茶畑があります。年を取っていますが、毎年お茶の季節になると、朝4、5時に起きて”采茶”に行き、昼頃に家に帰って、急いでご飯を食べて、午後から夜10時前後まで”製茶”します。義理の母が”昔お金を稼ぐのが本当に難しかった、今は自宅でお茶を作ってお金を稼ぐことができて、とても幸せです””仕事ができるうちに、たくさん働いて、お金をより多く稼ぐたい”と言ってくれてました。

 黄山毛峰の摘み取り時期は清明前後から約1ヶ月間です。清明節前のお茶は最も貴重です。新製茶葉に白毫が身を包み、芽が峰に似ているため、茶形で”毛峰”と命名されています。新鮮なお茶葉は黄山地区の高地から採取されたため、”黄山毛峰”と名付けられました。品質の良い黄山毛峰が水中に立ってからゆっくりと沈みます。澄んだスープに香りは馥郁です。  今のお茶葉が大きくなって、黄山毛峰のシーズンが終わり、猴魁を加工する季節です。猴魁は緑茶類尖茶に属し、安徽太平県(現在黄山市黄山区に変名)で生産され、尖茶の極品として、”緑茶茶王”と誉れ高いです。5月前後の猴魁は品質がよくて、価格も高いです。猴魁の加工時期が長い、4月から7月まで続きます

     
図‐黄山毛峰 図‐太平猴魁

 主人の実家にいた二日間雨が降り続きました。村民達が茶畑へ”采茶”を止まりません。雨に濡れたお茶葉は当日に加工できませんので、次の日に加工する材料を多めに確保するため、毎日のスケジュールは決めているようです。 私は次男を連れて義理の母と茶畑へ行ってみました。”采茶”と言えば、自然に伸びていた芽頭と新鮮な葉合わせて3枚を摘み取る作業です。古い葉や茎を取り除き、大きさを均一に保ちこと大事です。義理の父は肥料をやり、義理の母が”采茶”をし、同じ作業を繰り返しします。茶園の風景は本当に美しいですが、ぬかるんだじめじめした環境に数時間も作業するのが大変です。私が一番心配なのは茶畑に蛇がいることです。

 ”采茶”には専用な竹かごを体に掛けます。いっぱいになる時は約500gらしいです。義理の父母から1日に8かごのベースを保しています。即ち、数万枚のお茶葉を摘み取る必要です。お二人は夜6時頃に帰宅する予定なので、私と次男が先に帰りました。道にはタケノコや野菓子があっても、村民がお茶摘みに忙しくて、誰も摘んでいません。夕食として、私が竹の子と肉餡を包んだおまんじゅうを作りました。夜遅く帰った義理の父は喜んで3つの肉まんじゅうを食べて、休憩ぜずに、製茶の機械を動き出しました。

     

 太平猴魁の製茶工芸は中国国家級の非物質文化遺産と中国の重要な農業文化遺産に登録されています。殺青→理型→圧製→烘焙という製茶工芸が代々伝われ、伝統的な技でもあります。
 殺青機械に少量のお茶葉は均一に揺りかごの中を散して、百度以上の高温で、約3分間炒めます。殺青完了後のお茶葉を手作業で”理型”されます。私が子供と体験したのもこのステップです。お茶葉を一本一本まっすぐに並べて、均一かつ適切な隙間を開けるように意識しながら、素早くやります。主人が子供達に1時間仕事するとお給料が10元だと言ったので、最初二人が張り切って真剣にやりましたが、長男は1時間、次男は3時間しか我慢できなくなりました。次の圧製ステップは機械で行います。圧製されたお茶葉の形状が固定されて、烘焙機械に挿入します。ここで、約90℃に40分間ほど乾燥させてたら、立派な猴魁が完成します。

       

 製茶は簡単そうに見えますが、火加減にこだわって、経験に頼みます。どの家も夫婦の協力で素早く秩序正しく行っています。義理の父母が力があって、苦労に耐えられる方です。製茶の時、あまり交流しないですが、お互いに暗黙の了解がよくできています。 猴魁は上品です。魁尖はその次、下にもいくつのランクがあります。猴魁は品質により極品、特級、1級、2級、3級に分けられます。極品の基準は、外形は平らでまっすぐに、雄大で丈夫です。均一に両葉は1芽を抱いて、蒼緑色で潤いがあります。猴魁のお茶湯の色が若緑です。清らかで温潤、香りが新鮮かつ濃厚、持続的な蘭の香りがあり、後味も甘います。私が自分で作ったお茶を飲んでみました。美味しかったです。

     

 二日間、私は製茶を手伝っていて、とても良い体験ができました。残念なことに、連れて帰ったPurplが大山へ遠く飛んでしまって、なくなりました。そして、午後から雨が降ってきました。山の夜は五本の指が見えないほど真っ黒です。Purpleを思い出すと今でも悲しいです。幼いpurpleがあんなに大きな力を出して遠くまで飛んで、彼さえ、美しい大自然に魅了されたでしょう。purpleが自由で健康に生きてほしいと思います。

※文章は高さんの記述のまま掲載しています.
※"Purple"については2023年3月30日付け「高の面白い話(21)」を参照.

2024.04.30
高の面白い話(22)

 4月29日は次男のお誕生日です。当日は小学校一二年生の春の運動会の決勝戦日でもあったので、彼は早起きして、朝からわくわくしました。前日、クラスを代表して30メートルショートと200メートル陸上競技を出場し、見事に決勝に進出したらしいです。私は思わずに毛主席の”友情第一、試合第二”というスポーツスローガンを言い出しました。ついでに、全力を尽くしてよく発揮すれば、良い成績を取れると励ました。校門に着いた時、子供達が放課後に託児所へ行きたくないと言いました。次男が偉そうに”私の誕生日、私が一番大きい”と一言付け加えました。私の同意を得てから、二人は楽しそうに学校に走だして、次男がバースデーケーキはアイスクリームタイプが欲しいよと強調しました。

 バースデーケーキといえば、長寿麺とともに我が家の誕生日の必需品です。昔の植物クリームケーキから動物クリームケーキ、そして近年流行っていたアイスクリームケーキまで、毎年最低4個を買っています。見た目にも食感にも面白い発想やインパクトがなくて飽きていますが、今年も、連続4年間を買っている店で子供達好きそうな蛋仔派対(Egg Party)テイマーを選びました。安価なプラスチック製のキャラクターに飾りを付けて、5号15センチで159元でした。食べきれなくて勿体無いですが、儀式感の引き立てとして、家族が誕生日の歌を歌い、願い事をして、子供が喜ぶといいなと思います。しかし、子供達もますます満足しにくくなってきます。

 誕生日がまだ来ていないのに、二人は早くも”淘宝”(タオバオ)でおもちゃのプレゼントを選びました。兄と意見が合わない時、次男が”私の誕生日なので、私の言うことを聞いて、でないと、プレゼントをあげないよ”と兄を脅して、長男の態度がすぐ柔らかくなりました。長男はゲームが好きです。任天堂のゲーム機を欲しがっています。彼が弟の誕生日にゲーム機をすると説得しました。次男がすぐ願いに来て、もちろん、主人と私も反対です。淘宝で”水陸空ドローン”のおもちゃ2個を注文しました。

 誕生日の前日、子供達のためにカスタマイズしたTシャツと帽子が完成しました。誕生日の当日、私が2粒純金の”本命仏”干支の守り神を用意しました。男は鶏属で、守り神は不動明王です。長男は馬属で、守り神は大勢至菩薩です。1個当たりが約1.2グラムで、合計2750人民元です。彼らが”ゲーム機が欲しいのに、おもちゃんの方が良い”など文句言いながら、腕輪をつけました。次男から運動会で獲得した冠軍(優勝)と亞軍(準優勝)のメダルを見せてくれて、夕食は海底撈(ハイディーラオ)に にしました。

 海底撈は中国の飲食業界では“すばらしいおもてなし”で非常に有名なブランドと知っていますが、まだ行ったことがありませんでした。昆山には3つのチェーン店があり、家から3メートルに離れた店舗によく行列を並んでいた光景を見ましたので、朝早めにお電話で席を予約しました。子供の誕生日を伝えたら、店員が無料なテーブルのデコレーションを依頼可能と親切に説明くれました。ついてに、私が流行っている科目三ダンスも予約しました。

 元々6:00予定でしたが、遅れになりそうなので、お店に電話を入れました。座席を保留くれることを聞いて安心しました。海底撈がサプライズしてくれると信じましたが、熱い期待は店に着く途端に失望に変わりました。
 まず、店頭のサービスカウンターに既に配送されたアイスクリームケーキがパット置かれて、私が店員に冷凍室に置くように頼みましたのに、誰も重視していないようでした。次に、ガイドの店員が私達を連れて、3、4つのデコレーションされた空テーブルを寄って、飾りのないテーブルまで案内くれました。正直に予想外のことでした。ガイドの店員は予約の時間を過ぎたを理由に言い訳をし始り、どう見ても電話を受付した店員とタイムリーにコミュニケーションを取っていないようでした。
 さらに、同じタイミング、注文を担当する店員がタブレットを持って食材を選ばせ、2名の店員は銀耳スープとタオルも持って来ました。正直にパニックだと思います。私がガイドの店員にまずテーブルをデコレーションを依頼しました。2分間のうちに、事前に固定された風船、”生日快楽”の道具がテーブルまで運ばれました。ガイドの店員が写真を撮ろうと催促して、私の気持ちはまだ調整できていないのに、数枚の写真を撮らせました。私のがっかりの表情を気づいたかもしれませんが、店員が子供達に小さな恐竜のおもちゃをプレゼントし、私にプラスチックの花をくれました。

 お店には店員が多いです。料理が出てくるのも早いです。鍋スープは数種類があり、一色、二色、四色の鍋が選択できます。主人が”牛油マーラー鍋”と”猪肚鶏”の二色鍋をチョイスしました。子供達のために猪肚(豚のホルモン)と鶏肉ベースした栄養があるそうな白い鍋を頼み、主人と私はやっはり真赤なマーラー鍋にしました。見た目ほど辛くなく、お肉、動物の内臓、豆腐、野菜などしゃぶしゃぶすると、スープが程よく染み込みでバッチリでした。定番は牛肉と牛百叶(毛肚、センマイ)だと思います。特に牛百叶の食材が新鮮です。歯ごたえがあり、お箸で挟んでお鍋に入れて、”七上八下”(8回しゃぶしゃぶ)したら、約10秒で食べられます。ソースコーナーに20種類の調味料があり、自分好みの調合たれをつけて食べるのが一層美味しくなります。熱いお鍋を食べて、私も楽しくなってきました。店員に再び写真を撮って貰いました。

   

 夜7時頃、スピーカーから音楽が流れ始めました。店員は冷蔵庫から私たちが購入したアイスクリームケーキを持ってきて、5人の若い店員が列を作ってテーブルに囲まれ て、改良版の生日快楽の歌を歌い始めました。子供達が”生日快楽”の看板を手に持って、店員達が歓楽なリズムを乗って、体を左右に揺らして、拍手しながら歌うの静かに聞いていました。主人と私は録画して写真を撮るのも楽しかったです。今まで、毎回家族全員が伝統的な”生日快楽”の歌を歌っていましたが、今回はお店の雰囲気に任せました。 ケーキを食べている間に、科目三ダンスの時間が来ました。若い男性の店員がテーブルの前に来て、上手に踊ってくれました。長男も海底撈店員のビデオを見てから科目三ダンス踊れようになりました。今回は現場でダンスを見れて、いい体験だと思います。
 ダンスが終わると、お店奥のテーブルにも改良版の生日快楽の歌を始めました。 そろそろ食べ終わるところ、無料のカンフー麺の演出が始まりました。若い店員が生地を手に持って、腕を振り回したり、体を回したり、約2メートルの麺が引っ張り出されました。麵は美味しかったですが、私達は頼んだ食材すら食べきれなかったです。

     

 お酒や有料なドリンクを注文しなかったため、合計料金は370元でした。誕生日当日なので30元が減免されて、さらに10元クーポン2枚が贈られて、実際にお会計320元でした。他ブランドのお鍋を食べるにもこのぐらいのお金がかかりると思います。数々なサービスとエンターテインメント性を考えると満足だと思います。
 主人が無料ネイルを予約くれました。10分間しか待たなくてラッキーだと思います。ネイリストは新疆の方です。子供は新疆で奶奶(ご主人の母)と暮らして、彼女が昆山に来て、2万元の学費を払い、お化粧、ネイルの資格を取ったと言いました。通常、ネイルショップで40分以上かかる作業ですが、ここなら15分で終わります。続いての10分間にハンド美容もしてくれました。忙しい時、50名の顧客を接待するなどの話を聞いて時間が立つのは早かったです。
 2003年に大学に通っていた時、値段交渉でオーナーに悪口を言われたことをよく思い出します。この十数年来、中国のサービスが大幅に向上したことを明らかに感じています。自社ブランドを重視して、顧客の満足を望む店がまずます増えています。”お客様は神様だ”という言い方がありますが、無料サービスや過剰なサービスの品質、効率をかえって顧客不満の原因にもなるですね。

 お店に出るところ、ガイドの店員が二人の子供と挨拶してくれて、長男に”あなたの誕生日にもここに来てくれないか”と言いました。
 海底撈良かったです。また来ます。

※文章は高さんの記述のまま掲載しています.

2024.04.16
ハマイチライドって何?

 ハマイチライド,それは浜名湖一周自転車ツーリングのことです.溝上教授は昨年の4月8,9日にしまなみ海道往復100kmの自転車ツーリングを経験しました.実は自転車ツーリングはそれが初めての経験でした.その後,My Bicycleを購入し,2,3週間に1度の日曜日に近くの木山川の堤防道路を20km,それに郡上八幡から関までの40km長良川ツーリング,山鹿から植木までの熊鹿ファミリーロード30kmなどを経て,4月13,14日の1泊2日で,湖西市鷲津-舘山寺温泉45km,舘山寺温泉-鷲津25km,計70kmのハマイチライドに挑戦しました.
 ライドだけが目的ではなく,12日の午後と13日の午前は災害復旧ネットワークやライドシェアに関する研究会を開催し,熱い議論を戦わせました.そして,13日午後から舘山寺温泉に向けてライド出発しました.今回は北海道1,東京3,京都1,岐阜2,名古屋1,広島2,宮﨑1,それに熊本1の総勢12人のライドでした.

 途中,溝上教授がコンビニに入る3センチほどの歩道にタイヤを取られて転倒し,左側頭部をしこたまコンクリートに打ち付けてしまいました.起き上がって数分は空がぐるぐると回って,「なるほど,これが脳震とうというものか」という経験をしましたが,ヘルメットのせいで大事には至りませんでした.1日目の目的地の舘山寺温泉の手前で2つの長い登り坂はキツかった.特に最後の坂道では,押しチャリすることはなかったものの,皆さんに大きな後れを取ってしまいました.「負けるもんか!」と頑張ったのですが,加齢によると体力と筋力の衰えには抗えませんでした.本番前の1ヶ月間は結構な回数,大学の体育館のジムで下半身の筋トレをしたのですが.
 波も穏やかで湖畔にはリゾート施設が立ち並ぶ浜名湖に沈む夕日は綺麗で,夕食の鯛の活き作り,追加注文した鰻は美味しかった.2日目の舘山寺温泉から出発地の鷲津までは快晴で,浜名湖を構成する幾つかの半島を繋ぐ湖上の橋を渡る醍醐味と爽快さを満喫しました.

 そんなこんなでしたが,酒も魚も美味しく,帰りのスーパー銭湯もサウナも快適でした.残念なことに,鷲津から小牧空港までの帰りは,このところ加齢のおかげで感度が鈍っていた花粉症が再発し,何年ぶりかのくしゃみと鼻水で大変でした.花粉情報を見ると,名古屋地域のみ,いまだに「檜花粉が非常に多い」となっていました.熊本に帰り着いた途端にすっきり爽やか!
 この秋にはカスイチライド,来年の今頃にはビワイチライドが決まりました.カスイチライド?ビワイチライドって,いったい何?

2024.04.15
いよいよ4年目に突入しました.

 溝上教授は2021年3月末に熊本大学を定年退職後,4月に熊本学園大学に赴任して3年が経過しました.
 3年前に2年次秋学期の演習Ⅱ,3年次通年の演習Ⅲの受講生を持ち上がりで指導し,昨年度になってはじめて4年次の演習Ⅳ(卒研)の学生を持ち,本学に赴任して初めての卒研生を卒業させました.当時,演習Ⅱには12人の受講生がいたのですが,指導や課題が厳しかったのでしょうか,演習Ⅲになると8人に,卒研になると4人にまで減りました.更に5月には1人が離脱,11月にはさらに2人が離脱して1人になってしまいました.1月になって1月に離脱した2人のうちの1人が単位不足でと卒研を続けたいと泣き付いてきたので,復帰させ,結局は2人が卒研を完成させて卒業しました.最初から最後まで興味を持って食らいついてきた1人の卒研はそこそこの出来でしたが,離脱した多くの学生は,苦しくても逃げない,一つのことに集中して完結させる,その成果をPPTなどの媒体を使って人に分かり易く説明するといった経験をせずに社会に出て行きましたが,大丈夫なのでしょうか,心配です.
 前職では,学生諸君が自ら考え,分析・計算し,得られた結果を発表し,それを皆で議論してきました.それはそれで,一定水準の成果を上げなければならないので大変でした.しかし,今の演習Ⅱから卒研までの演習ゼミの指導は別の意味で非常に大変です.でも,彼らがこの国の生産と消費を支える基盤となっているのです.大丈夫かなー!?
 4月からいよいよ4年目に突入です.モヤモヤはあります.これまでのように,望む知的水準を諦めるが常勤の教授として満額の収入を得る道を選ぶか,それともこれが最後になるだろう新たなステージ(それがどんなものかはまだ考えていませんが)に挑戦するか.今年度までは前者で行くことにしました.