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2023.01.26
高の面白い話(7)

 新年明けましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願い致します。

 中国では2つの異なる暦が実行され、新年には異なる定義があります。西暦(陽暦、新暦)によると、毎年1月1日は“元旦”と呼び、世界各国が祝う新年です。農暦(陰暦、旧暦)によると、毎年の正月初一は“春節”です。
 いずれも新年であり、中国人が元旦と春節に対する重視度は異なります。元旦は3日間の法定祝日があり、デパートでは赤い提灯を上げてセールを行い、家族が一緒に食事をし、気楽に過ごします。春節は7日間の法定祝日があり、会社によってはもっと長い休暇もあります。春節は中国人の最も盛大な伝統的な祝日であり、年夜飯を食べて喜慶団圓、爆竹を鳴らして辞旧迎新、拝年紅包(お年玉)をもらって新春賀歳、神を拝み祖先を祭り豊年を祈るなど様々な文化伝統及び民間風俗があります。新年は喜慶の日です。私にとって今年の元旦も春節も充実して楽しく過ごしました。

私勤務する会社が上海事務所を閉鎖し昆山事務所を新設になりました。2022年11月末から私は昆山事務所の住所探し、内装工事、オフィス家具の提案、実行を担当しました。昆山事務所で長期勤務するのは私だけ、日本、深セン、上海の同僚は出張で来る予定です。ゼロから事務所を立ち上げますので、私は責任感を持ち、2軒の部屋のリフォーム経験を活かして、限った時間と資源の中に、適切な空間の価値をアップさせ、ベストプライスを追求でき、真摯に会社の信頼に答えできたと思います。
日本本社が決める開業日は2023年1月1日でした。新年に開業して、双喜臨門でした。顧客や友達合計11名がご来社、大事な顧客がお祝い花籠を贈って頂き、皆で楽しく対聯を貼り、爆竹を鳴らし、昆山事務所の営業繁栄の祝福を沢山頂きました。

 私入社1年半、2022年度営業実績が前年度により3倍以上増加しました。既存顧客の維持と新規顧客の開拓に両方力を入れて、自分が担当する全ての顧客に心を込めて良いサービスを提供する責任感がある一方で、入社してから総経理熱心のご指導、会社の資源提供、日本側主導的の開発、中国業界の飛躍的好調に直接関係があります。驚くべき好成績は喜びますが、社内のバランスや和に影響してしまうことも事実です。本当は、穏やかに長期持続可能な増長の方が健康的安心だと思います。
好成績の成果の賞与と昇給について、会社が労働契約に明記されている賞与計算方法に実行しなかったですが、私が納得できます。経済不景気の中に、2022年8月と2023年1月の2回の昇給があり、会社に感謝します。私は自宅勤務から昆山事務所に勤務となり、担当する顧客に会社が華東市場を重視するアピールし、業界急発展の黄金期をつかむ、2023年度にもっと高い営業予算の達成に向って頑張りたいと思います。

 2022年12月後半、中国各地がコロナウイルス感染のピークを迎えました。私の症状が軽くて3日間休んでから仕事に戻りました。感染後健康に戻った人を“陽康”と呼ばれます。2、3週間ほど感染ブームが終わり皆陽康になりました。実家は辺鄙な農村で、村のPCR検査点撤去後、抗原検出剤もない、村民が今でも自覚的に交差感染を回避する策を行っています。姪が8ヶ月だけ、春節に帰郷しないと決めました。主人も私一年間頑張ってきて、二人の子供を安徽省に連れて、ゆっくりリラックスしてと優しく協力くれました。
 友達の宋さんは英語教育のフリーランスで、自由主義の彼女は三亞で2ヶ月滞在して冬を過ごしているおかげて、私は三亞で4日間泊まりました。

 昆山10℃程の気温に対して、三亞は20℃以上に安定します。私は一朝海口空港から三亞への高鉄に乗り換え、2時間だけですが、冬から夏の気分に転換、ダウンジャケットからスカートに着換え、面白くて不思議でした。
 早速友達と有名な大東海旅行区にやってきて、天気がとても晴れて、海が広々、沿岸に背の高いヤシの木がズッラリ、友達と久しぶりに会って、二人とても嬉しい、写真を一杯撮りました。砂浜に横になって、楽しく旅の計画を立って、学生時代に戻った気分、リラックスしておしゃべりました。
三亞の有名なスポットは大東海など海辺、南山文化旅行区、亞龍 湾五つ星ホテルゾーン、蜈支洲島や西島など島、大小洞天や天涯海角のAAAAA級風景区などです。私は初の観光客として、最も有名な南山寺、南海観音に祈り行きました。

 108メートルの海上観音は世界で最も高い観音像です。観音聖像は一体化三尊造形で、一面に蓮の花を持ち、一面には経書を持ち、もう一面には仏珠を持ち、百八の蓮の花の玉座に立ちます。宝相は荘厳で、桟道に歩いて観音像の中に参拝可能です。観音像の中に階段があり、皆が観音様の足を抱きます。中国で“抱佛脚”は平安を祈り,加護を得るという吉祥の意味があります。観音菩薩と観音像に奉納する仏像、南山寺の仏像に敬虔に祈りました。
 バスを乗る時、療養に来るおばさんからのお勧めを受け、私は大小洞天に行きました。無料のスポットですが、秀麗な海景、清研な山景、奇抜な石景に大満足でした。ここに中国人が崇める6000年樹齢がある“寿比南山不老松”があり、中国道家文化発祥の地の一つでもあります。私は南山松を触れて両親の健康長寿を祈りました。

 春節前の日は“除夕”と言い、友達の仕事が終わり、二人が一緒に亞龍湾五つ星ホテルゾーンに行きました。友達がシェラトンリゾートホテルが好き、二人が気楽にホテルの中に入り、ホテルが海に直結しています。傘をさしたリクライニングチェアのでくつろぎながら、流動販売に来る老人からココナッツジュースとトロピカルフルーツを買って、何千元何万元の宿泊費はかかっていないが、人混みを避けた数時間のリラックスが出来ました。夕方、ホテル室外で“年夜飯”の準備が初めました。一人680元のコースは私達にとって贅沢すぎのため、二人が比較的に安い四星ホテルにで208元のバイキングを食べました。
 友達が春節晩会を見る習慣がないため、二人がバーに音楽を聴き“跨年”をしました。初めて家族と一緒に跨年してなくて実はホームシックでした。
 三亞の年味が薄いですが、大年初一の伝統を守り、家族や友達と新年の挨拶をしました。朝9時、友達とクルーズ船を15分間を乗り、“西島”という島に観光行きました。ここに水上バイク、熱気球など水上活動で賑やかで、沿岸に漁村があり、サンゴでできた古い家と別荘が綺麗で特徴があり、民宿と市場が生活の息吹をし、ココナッツと海産物で作られた軽食が美味しいです。ほぼの小道が海に直通できて、アート風、爽やかな感が溢れます。

 帰る船に乗って、島の検索をした時、西島は古い時代で“玳瑁洲”と呼ぶことを知り、玳瑁は長寿吉祥の意味です。大年初一に玳瑁洲に来て今年幸運に恵る予感があります。
 大年初二、友達と亜龍湾アトランティス水族館へ行きました。230元の入場券ですが、宣伝ほどの迫力を感じなかったです。マーメイドショー観覧する際に人が混み、観光者何人がおお喧嘩もしました。1時間程水族館の観覧が終わり、友達と別れの時間が来ました。友達が刺激の項目に興味があり、隣の水世界に行くと決定、私は高所、失重、激しいスビートに恐怖感があるため、友達が自由に楽しく遊ぶにお邪魔もしたくない、計画通りに三亞を離れ海口に行きました。
 近くバス停で三十分程バスを待ちましたが、全然来なくて、タクシーを呼びました。高鉄駅に行く途中、友達から連絡が来て、どの項目にも長い行列があり、彼女は待ちたくない別の目的地に行くところです。タクシー運転手から、三亞CBD(免税店)方向道路が交通渋滞で封鎖ぐらいになってしまい、バスをいくら待っても来ないよと聞き、自分の選択は正しいとほっとしました。
 三亞でとても楽しい5日間過ごしました。友達のお伴うをとても感謝します。

三亞から高鉄で2時間程海口に着しました。タクシーでホテルへ直行後、直ぐにスカートからカーディガンとダウンに着換えました。初めて海口に来て、建物のが比較的に古い、寒いと感じます。ホテル近くの騎楼老街は市内最も有名な街道景観です。中国伝統風格、西方建築や南洋建築風格など融合し、優雅かつ繊細感が溢れています。一番古い建築は700年の歴史があるらしいです。多く観覧客にとって、建築物観覧により、南粉、抱羅粉、清補涼、辣湯飯など名軽食が食べることは楽しいと思います。  南国というブランドのお土産ショップの店員により、三亞ほどの観覧客爆増に比べられないですが、海口への来客も勢分増えました。海口の平均収入は比較的に低い、消費も三亞により安い、ゆっくりした心地良い生活環境と感じます。  休みがまだ5日間残りますが、チケット費用を比較後、私は海口で1日間泊りと臨時に決めました。小雨が降りましたが、朝9時から夜7時まで雲洞図書館、萬緑園、海南省博物館、伍公祠を順次に観覧しました。入場券が全部要らないですが、どれでも質が高い、観光客にサプライズくれるスポットだと思います。

 振り替えてみて、私の三亞海口の旅はとても充実で順調でした。3年間我慢して旅行出来なかった陽康者の大勢が三亞を選び、三亞観光業が回復、宿泊費と飲食代が何倍、何十倍も爆増、観光スポットや免税店周辺の酷い交通渋滞、あちこち長い行列、写真撮りたくても人波が一杯などマイナスのニーズが続々ありましたが、私は運が良くて、往復の航空券とも出発前日に購入しどれでも安かったです。旅費が多くかけてなく、観光スケジュールが比較的に合理、人波を避けて、スポットを十分楽しんで、海と陽光に癒されました。
 初めて毎年大勢な中国寒い北方の退職の方や経済に余裕がある老人ご夫婦が三亞にやってきて、2~3ヶ月のんびりと療養することを聞いて、私も旅館の連絡先をもらいました。宿泊と食事代を含めて一人月2000元は合理だと思います。次回、両親を連れてぜひ来たいと思います。

 春節は正月十五に続きます。中国の伝統を守り、今年の福・禄・壽・喜を祈ります。

2022.12.18
高の面白い話(6)

 11/24に次男は放課後に幼稚園の友達と一緒に野良猫と遊び、手が猫に掴られました。傷口は深くないですが、油断出来なくて、私が彼を病院に連れて狂犬ワクチンを注射に行きました。
 団地では猫や犬を飼う住民が多いです。二人の子供が隣人の可愛い柴犬を見て、とても羨ましくて、粘り強く私に猫やウサギを飼ようと願いました。私は親の口調で猫や犬を飼う暇がない、大きくなったら自分で買ってと同意あげなかったです。
 団地に野良猫や野良犬がよく見れて、委員会が管理整頓を欠けているため、子供が犬の周辺に通る時少し心配です。しかし、子供が防護意識がなくて、つい近づきます。私は二人に野良猫や犬から離れて、特に触ってはいけないと何回も言いましたが、二人とも私の言うことを聞き流しました。

 4/2夕方頃、長男が駐車場に停泊した車の下の猫と遊び、猫の体を触った時、手に浅い傷口を掴いました。野良猫か飼い猫か知らなかったですが、経験がない私は慌てて彼を病院に連れて、急診を受け、無事に狂犬ワクチン第一回の注射しました。中国国産薬の一回の注射は約100元、輸入薬なら約300元、合計五回の注射が必要で、私は中国国産薬を選びました。
 その時は厳格な「ゼロコロナ政策」執行した時期でした。どこに行っても健康コード、行程コード、PCR検査結果、場所コードの提出は必須でした。

 毎日全員PCR検査を行い、政府が防疫情報を随時更新しました。確診者に対する詳しく追跡調査を行い、経過した場所がすぐロックダウンされ、密接可能者が自宅隔離や集中隔離になりました。私が住んでいる団地は市場から近いため、確診者が他所により多い、高リスク地域でした。生活物資をストックしないといけない緊張感が酷かったで、スーパーの棚も空っぽになりました。
 4/3は日曜日でした。主人は珍しく家に休日を過ごしつもりでした。団地の委員会から連絡があり、団地で混合管PCR検査の時、主人と一緒に検査を受ける20人の中に、陽性が検出しました。数回の咽拭子(Throat Swab)と鼻拭子(Nasal Swab)で排査後、主人は確診者ではないことが分かりました。漸く安心出来たと思いましたが、各防疫関連機関が続々主人と連絡をし、PCR検査の時、主人は確診者と同じ行列に並んだので、密接者と認定され、集中隔離対策実行必要でした。

 そう思う出すと、主人は本当に無実で、彼は自宅隔離中の同僚にパソコンを送り、車が高リスク区域に走っただけで、行程コードの色が緑から黄色になってしまいました。緑色コードは健康を示して、通常通りにPCR検査を受けます。黄色コードは異常がある意味で、指定された場所しかPCR検査を受けないでした。特殊PCR検査点に感染者を接触する確率が間違えなく高いでした。
 主人一人が集中隔離に行くか、家族四人で一緒に行くか政府から要求がありませんでした。主人が一人行くことを決まり、集中隔離点で感染のリスクは自宅により高い、14日間ずっと狭い空間で子供が耐えないと心配しました。
 4/4の夕方頃、集中隔離者を迎えるバスが来ました。隔離者が医用マスクと防護服を着かせて、赤ちゃん、お年寄り、子供の姿を見て、複雑な気持ちでした。

 事前に計画性を欠けるかもしれませんが、バスが数個隔離点を経過後、蘇州市から離れて、太湖に辿り着きました。深夜、隔離点に確診者が発見したため、全員が別の隔離点に移転しました。主人がホテルの環境が良い、毎日自らが検査結果を確認する以外、一日三食待つだけと楽しく言ってくれましたが、彼は喜びに報いて憂いを報いない人だと分かります。

 確診者と密接者が続々と外に連れてから、私が住む団地がロックダウン開始しました。4/5は長男狂犬ワクチン第二回の注射予定日でした。朝から団地委員会、110、市民熱線に緊急事態の対応策について確認しましたが、出入れ禁止と返事されました。
 毎日、防護服を着る方が咽拭子と鼻拭子検査をしてくれました。鼻拭子検査はとても辛い、子供達を形式上に軽くすることをお願い、その代わりに、私はしっかり検査を受けました。
 4/8から全員のドアに警報を付けられて、一日中、PCR検査、ゴミ出す時しかドアを開けられませんでした。何十名の支援者が団地に来て、各出入口に分散管理を行いました。夜、昆山政府から救援物資が届きました。生活物資入手困難の時期に、野菜、魚、肉全部揃えて、ベコンなど通常高くて買わない食品も入って、昆山政府と昆山企業の支援にとても感謝します。
 4/12はロックダウン解除予定日でしたが、政府から再び救援物資を送り、4/19までに昆山全域が静黙期に入りました。

 中、団地委員会員が長男を連れて、第二回と第三回のワクチン接種をしました。特殊時期こそ兄弟2人いる良さが現し、私は書斎で通常通りに勤務をし、二人が一緒に携帯ゲームを見たり、テレビに動画を見たり、時間を過ごしました。勿論、喧嘩もよくありました。本当につまらないかもしれませんが、二人が冷蔵庫の上にまで登り、毎日夜の大掃除が大変でした。
 4/19主人が無事に家に戻り、果物も持って帰りました。果物とドリンクが贅沢の物となり、子供が久しぶりに果物を見てとても喜びました。帰宅後の主人が運動の習慣を養成したらしい、7日間自宅隔離期間、子供と一緒に体操をするつもりでしたが、自宅の生活は余りにも豊かなので、その習慣を長く続きませんでした。
 4/22私住むマンションがロックダウン解除、4/29昆山全域がロックダウン解除しました。

 ところが、11/27に次男がワクチン接種2回目をして、11/28私が住む団地が数名の確診者を発見、団地が再びロックダウンしました。私は直ちに長男ワクチンした時期の雰囲気を思い出し、昆山は二回目の静黙期が来る予感を生じました。再び生活物資をストックしようと思いました。
 しかし、私の予感が間違えました。団地に確診者が増加しているにも拘らず、集中隔離策がなくて、12/5の朝、4つのPCR検査点が全部ロックをかけて、連続8ヶ月間の全民PCR検査が終了しました。12/13に行程コードが廃棄され、12/14からPCR検査が有料になりました。
 次男ワクチン接種4回目の予定日は12/8でした。彼を3回にも病院に連れましたが、最初は午後4時以後は勤務時間外、次はPCR検査結果がない、3回目に病院について、次男が38.8℃の高熱と測れて、注射できませんでした。
 三日間高熱が繰り返して、彼はすっかり元気に戻りましたが、近所のPCR検査点が全部撤去して、どこに検査行けば良いか分からなくて、ダラダラに病院行ってないです。

 幼稚園と小学校が12/19から入校停止となり、周りに陽性の方が爆増と聞き、自覚的に静黙期を入ようと思い、こうなると、次男のワクチンの注射がまだ延期しまいます。もう一息頑張って無事に2022年を過ごしたいと思います。
 先生が毎月高の記事をアップ頂いて心から感謝致します。面白くない話題が多くて申し訳ないですが、2023年も書き続きたいと思います。
 文章を読んで頂いて誠にありがとうございます。今年お世話になりました。来年もよろしくお願い致します。では、良いお年を

※文章は高さんの記述のまま掲載しています

2022.12.09
D3の森さんがITSシンポジウムでベストポスター賞を受賞しました.

 2022年12月8,9日に三井アーバンホテル柏の葉で開催されたITS Japan主催のITSシンポジウムで,ベストポスター賞を受賞しました.ポスターのタイトルは「メソ交通流シミュレーションモデルと動的配車システムを連携させたシミュレータによる都市部へのライドシェアタクシーサービス導入の評価」です.
 この研究は森さんの博士論文の一部であり,ポスターの元である論文は英文ジャーナルであるInternational Journal of Intelligent Transportation Systems Researchへの掲載も決まりました.おめでとう.
 学論文執筆に向けて良い励みになったと思います.来年9月末が期限の学位取得に向けて,ラストスパートです.

2022.12.09
DCの中村さんと森さんがITSシンポジウム2022でポスター発表しました.

 2022年12月8,9日に千葉県柏市の三井アーバンホテル柏の葉で開催されたITS Japan主催のITSシンポジウム2022でポスター発表をしました.
 中村さんは「アンケートから見えたバスロケーションシステムの導入・運用に関する課題とデータ活用による課題解決事例」,森さんは「メソ交通流シミュレーションモデルと動的配車システムを連携させたシミュレータによる都市部へのライドシェアタクシーサービス導入の評価」でした.
 これらは英文の査読着き論文として発表申請したもので,ともにInternational Journal of Intelligent Transportation Systems Researchの査読付き論文として掲載が決定されました.2人は溝上教授が熊大在職中に博士後期課程に入学したのですが,社会人であり,業務繁忙のために2年ほど休学をしながら,研究を続けてきました.これでようやく学位取得の必要条件である海外ジャーナルへの査読付き論文掲載を満足することができました.来年度9月末の学位取得を目指して,頑張って下さい.

2022.11.21
高の面白い話(5)

 今回の記事が大変遅れて申し訳ございませんでした。 最初、今回の記事に10月頃私が初黄山登りの体験を詳しく書きたかったです。しかし、私は高所恐怖症者で、山頂に立ても俯瞰することに恐ろしい、また、黄山登った日は雨の日でした。山頂が曇いて霧があり、遠く景色が見れませんでした。
“五岳帰来不看山、黄山帰来不看岳”の名を乗る黄山は世界自然遺産と文化遺産です。ただ一回の黄山登りなら黄山の“奇”“偉”、“険”、“幻”を上手く伝えないと思います。

 家族4人が一緒に旅行するのは滅多にないで、全員が楽しみました。主人は3回目の黄山登りで、長男は2回目です。次男は体力満々で、怖がているのは私だけでした。二人の子供が興奮しすぎて、私は神経質で二人の安全をずっと心配してしまい、山に登りながら叫いて、叱れて、二人とも悲しく泣きました。

 黄山の「奇松」と言えば一番有名なのは“迎客松”です。石を破って生まれ、1000年を超えたらしいです。ここは大人気の撮影スポットで、私達も沢山の写真を撮りました。その中に、子供達がのんびり大きい石の穴に頼り、太陽、国旗、迎客松を背景にする写真が一番気になります。
 沿道に、中老年観光団何個を見かけ、ガイドが全コース付き添い、観光客にスポットを解説します。その内容を少し聞けます。黄山の発展は鄭小平の功績と言い、1979年に鄭公が黄山に視察後、黄山が正式に対外開放しました。75歳の鄭公が黄山撮影した場所に、二人の子供も撮影させました。

 印象深いスポットは“一線天”です。急激な段階は約80個あり、最小幅は0.5m、一人しか通らないです。主人が初登った時、困難にぶつかり、震え上がった経験がありました。緊張した雰囲気が既に引き立たので、私が登るなら怖い、登らないと悔しい、勢分悩んでから手足を併用して “一線天”乗り越えました。しかし、私は振り返って俯瞰する勇気がないです。
 次の道は比較的穏やかです。目的地は黄山第二峰“光明頂”です。途中に人力かごを運ぶ労働者、物資を運ぶ姿が多くなった気がします。かごに乗る方は老若男女に限りません。指導価格はキロ当たり200元から600元ですが、運ぶ方も乗る方も勇気が必要だと思います。
 初の黄山登りが順調に終わりました。ロープウェイに座り、私は霧の日でもチケットに割引がないと文句しながら、霧の日で断崖絶壁が見れなくて良かったと有難く思います。

 今回の黄山旅行のチケット予約、線路選択などについて、主人の同級生夫婦が協力くれました。夫婦とも黄山のガイドを10年以上にやり続けて、ご両親、子供と一緒に黄山の麓に住んでいます。
 夜、ご家族と一緒に夕食を食べて、話題の中心は勿論黄山でした。お二人が黄山のガイドをやり、仕事中の見聞をたくさん聞きました。有名な黄山の麓に住めて、空気が新鮮で、景色が良いことを羨ましいですが、湿度が高いため、往復の階段登り原因もあり、お二人の関節が良くない状態です。予約の顧客の意願で活動が必要で、356日に天気がいくら悪くても、観光客が来ます。大雨の日に来客と“蓮花峰”(黄山最高峰)に登り、怖くて行きたくないですが、ガイドの仕事であるため、行かないといけないことを聞き誰の生活ても容易ではないと同感します。

 友人がガイドをやって印象深いお客さんについて話しました。
 彼が上海から車椅子を乗り方のガイドを担当、かごかきが顧客と車椅子と一緒に山頂まで持ち上げりました。顧客の職業は作家です。黄山に来て執筆のヒントを探して、体が不自由でも黄山に登ることは人生の目標の一つだそうです。黄山で3日間泊って作家が黄山の風景とおもてなしのサービスにとても満足でした。上海に帰る高鉄を予約したことにも関わらず、友人に2000元の旅費を約束し、上海まで直接車で送ることを依頼しました。その日は友人の奥さんの出産日の前日でした。友人が主産する際に入院費用などかかると考え、このチャンスを見逃したくなかったです。顧客に上海まで送ってから、休憩なく連続運転に戻りました。翌日朝病院に着く時、子供が既に無事に誕生しました。
 友人とお別れる時、主人が冬の黄山を見たい、まだ来ますねと言いました。

 ところか、最近上海で自動車関連技術論壇展示会が開き、私勤務する会社も出展しました。元々2021年11月に開く予定でしたが、新型コロナの閉じ込め原因で、開催日が2022年3月に延期しました。しかし、流行開始以来上海最大規模の感染が発生しまい、再び11月に延期となりました。10月下旬から全国各地が発散的な感染確認例がありますが、論壇会が予定通りに開催できました。
 立派な展示会ではないことを存じますが、自動車業界に未知なことが多い私にとってとても楽しみました。私は癖があるヘアをストレートをし、新しいスーツを購入しました。上海で行うため、私が開催側との連絡、展示会用の資料準備、展示品などを手配しました。
 論壇会は上海の5つ星ホテルで行い、開催側の宣伝により、有名な自動車OEM、部品企業、研究所、大学を含めて、事前登録の見学者が約500名でした。実際に、新型コロナ原因で約50社が出展、コロナウイルス制限があり、現場で上海、江蘇、浙江以外の見学者が見れなかったです。

 今年、新型コロナや半導体不足の影響で自動車抑制されていた時期がありましたが、新エネルギー車の存在感が急速に高まっていることは現実です。出展者が高額な出展費用を支給、会社と製品をアピール、自動車業界の情報収集、自動車サプライチェーンの他企業と知り合うことは勿論、現場やオンラインのバイヤーと交流のきっかけを得ることを目指しています。
 二日間に30回の現場講演会とオンライン購買交流会も同時に行いました。自動車業界の学者、専門者、企業者が現場にお越し、研究、経営成果、将来の発展方向などを発表しました。スケジュールが合えば、誰でも興味がある発表を聞けます。オンライン購買交流会は予約性で、交流時間は10分間です。効果は期待に添えないですが、私は見知らぬ方との交流を楽しんでいました。毎日の仕事、子育てや家事から身を引けて、1日に3回バイキングと2回の喫茶時間があり、久しぶりにのんびりできました。

※文章は高さんの記述のまま掲載しています

2022.10.08
高の面白い話(4)

 2022年10月1日は中国73周年の建国記念日です(国慶節)。
 旧暦正月連休以外、建国記念日の1週間連休は一年中一番長い休みとなります。多くの人がこの連休を利用して、帰省したり、旅行へ行ったりすることが多いです。中に、この結婚式を挙げるカプルもたくさんいます。今回主人の従妹夫婦もその一組でした。
 中国で5月20日入籍登録して、国慶節連休で式を挙げるのは一般です。(中国語で「520」の発音は「愛してる」と良く似ってるから) 昔結婚式の招待状は一人一人手渡しで招待しないと行けないはずでしたが、コロナの影響や、通信技術の発展により、電子招待状が誕生しました。Wechat(Line見たいなAPP)で配って、出席可否及び出席人数など、すべて携帯で操作できるため、とても便利です。

 9月10日、招待状を予定通りいただき、早速連休のスケジュールを組みました。連休中ゆっくり休めるために、仕事をうまく終わらす必要がるので、休み前の一週間ほとんど毎日深夜一時まで残業してました。(中国では休みの日でも、仕事の要があれば、個人携帯に電話を掛けてくるのが普通です。)
 休みに入る二日前に長男の学校からコロナ拡散を防ぐために、連休中に蘇州市から出ないように、呼びかける知らせが出ました。蘇州市(昆山市は蘇州市に属する)を出ることも可能ですが、条件としては、蘇州に戻る後、一週間の健康観察が必要です。(健康観察:毎日PCR検査を受けること)健康観察期間内の登校は不可です。子供の教育のため、連休中に蘇州から出ないことを選ぶ人はほとんどですが、三週間前に計画したスケジュールをパになるのが悔しくてたまらないです。しかも、主人が高校三年生の時、従妹の家に一年か住んで、従妹の母に多大のお世話になりました。恩返しとしても、従妹の結婚式を参加しないといけないです。そのため、予定通り計画執行を決行しました。

 9月30日午前11時、昆山から出発しました。目的地まで450Km、予定運転時間5時間半。連休前日なので、高速では渋滞なし、スムーズに目的地へ走りました。午後4時半ごろ目的地の安徽省黄山市にある従妹の家に着きました。従妹の家に着く時、既に多くの親戚達揃っていました。結婚式前日で、準備が大忙しいです。
 中国では結婚式は「中西合璧」式(伝統結婚式と欧米式混在)が多いです。中国各地方それぞれの伝統行事を家で行い、その後式場へ移行し、ドレスで欧米風の結婚式を挙げるのが一般的です。今回の結婚式も「中西合璧」式で、会場の仕事はすべて専門業者に依頼し、家での伝統行事の準備はすべて親戚の方々に手伝ってもらいます。
 従妹のお父さん(主人のおじさん)は兄弟8人で、深い山の小さい農村出身でした。当時の中国では兄弟8人養うすら精一杯だった時代なのに、おじさんは小さい頃勉強がよく頑張った結果、大学まで卒業しました。そのため、田舎から出て、都市部で生活できるようになりました。(主人もそのおかげで、高校三年生の時、一年おじさんの家に泊まり込んで、学校を通うことができた。)親戚は皆さんはほとんど50キロも離れた田舎に住んでいるため、おじさんは送迎専用でチャーターバスを借りました。私たちみたいに、遠い所から帰省した親戚については、皆さんが気楽で結婚式が参加できるように、専用ホテルも予約してくれた。とて心遣いが優しいおじさんです。

  19時頃皆さんが揃ってから、レストランへ向かいました。結婚式の前日ですが、料理は豊富で、地元料理がメインでした。日本では珍しいすっぽん料理も出ました。

 夕食を食べてから、次の日の行事のシミュレーションを二回ほど行って、夜10時ぐらいで準備が終了でした。主人と親戚家の兄弟達も久しぶりに会うため、二次会でカラオケを深夜1時まで楽しみました。

 いよいよ結婚式の当日、朝4時半主人が早々と起きまして、当日の準備仕事を始めた。子供も珍しく朝6時ごろに目が覚めて、簡単に片付けてから、おじさん家へ向かいました。田舎からの親戚も同じぐらいの時間チャーターバスでおじさん家に着きました。普段おじさん家族三人で住む3LDKの家は広く感じてましたが、親戚数十名一斉に入ると、中国の諺では「無立足の地」(足を立つ場所すらありません)がありまして、今の風景には一番ふさわしいですね。
 中国の伝統では、お祝い行事がある時、爆竹を鳴らすことが多いですが、環境保護などで、近年爆竹禁止地域がだんだん増えてきました。今回も爆竹を鳴らすことができず、電子爆竹を準備したのです。電子爆竹の音量と雰囲気は本物にかなわないですが、ないより増しですね。

 新郎が花嫁を迎えに来る予定時刻は7:58でしたが、あいにく、国慶節のため高速で渋滞が発生し、予定時刻が過ぎても、新郎の姿が見えません。皆さん首を長くして待ってました。8:30頃、やっと新郎の車の列が見えまして、やっと来ました。 こちらの伝統では、一階の階段一口から花嫁の寝室ドアまで門を守る役が設置し、新郎をすべてのドアを通関しないと、花嫁所へ行けないです。
ゲーム時間はあまり無ので、今回は一階階段入口と花嫁寝室ドアニッカ所しか設置してませんでした。一階のところ、飲み物五種類(酢、砂糖水、ゴーヤジュース、白酒、塩水)用意して、くじ引き、当たった人が指定した飲み物を一気で飲み切る必要があります。五種類の飲み物はそれぞれ生活の酸、甘、苦、辛い、塩辛意味するもので、新郎にこれから新しい生活へ心の準備を整えるよう促す意味です。新郎を含め、付き添って花嫁を迎えに来たのは全部で5人だったので、一人一杯ずつ飲みました。(白酒を一気に飲むのはづらそうですね)

  一階をクリアすると、花嫁の玄関前まで新郎一行が駆け込んだ。そこで待つのは花嫁の伴娘達(花嫁付き添いの女性、因みに花婿の付き添いの男性を「伴郎」と呼ぶ)。そこで红包(日本では年玉みたに、赤い封筒に、お金を入れるもの)で簡単にドアをあけました。GameOverと思いましたが、本当の試練はこれからでした。
 五つのゲーム有りまして、すべてクリアーしないと行けません。人が多いため、ゲームの詳細内容近くで見れなかったが、新郎に花嫁の誕生日やIDカード番号、好きな食べ物、出会ってから何日目などなど、難しい質問ばっかりでした。そこで間違ったら、罰ゲームとして、レモンを食べないといけません。ゲームが終わるごろ、合計レーモン五つも使いました。酸っぱくてたまらないでしょう。最後の目玉番組としては、新郎伴郎の団体ダンスでした。事前準備してないから、変装を着替えてから、その場でビデオを3分程見て、踊り始めた。主人は「恥ずかしがり屋は結婚できなくなる、幸いにも私は結婚が早かった。こんな番組出演をされくて、良かったね!」って笑いながら言いました。

 大変でしたが、なんとかお嫁さんをもらうことができました。新郎は笑顔で幸せそうでした。これから花嫁を連れて帰るのに、まだルールがありました。花嫁は家からが車まで、足を地面に踏みつくことができません。未婚の兄弟に背負って、車まで移動しないといけません。距離はただ100メートルぐらいしかないが、四階から階段で降りて、100メートル移動するのは結構大変でしょう。お疲れさまでした。やはり女性が結婚する前に、ダイエットしたほうが兄弟に優しいですね。

 新郎新婦が廊下に着く時に、吉祥と祝福を意味する電子爆竹の音が流れ、私達は用意した鮮やかな彩帯を新郎新婦の頭にかけ、伝統な「礼楽と鳴」は科技感がありもっと便利な物に代替しましたか、おめでたい、熱烈な雰囲気を十分に引き立しました。 農村の実家と違って、ここにお花嫁を見に来る隣人がいないです。やっはり都市で暮らすと、人と人のつながりが少し欠けるかなと思います。 従弟が婚車まで花嫁をおんぶして、後ろに嫁装(花嫁の両親が新婚夫婦のために準備した家電、家具、寝具など)を運ぶ行列が長かったです。花嫁を迎えに来た車は「婚車」と呼びます。合計6台のBMW高級車の隊列です。一番前の車は“頭車”と呼び、新郎新婦が乗る車です。ボンネットに大きくて、鮮やかな花を飾り、ほかの全ての車のサイドミラーには赤い花飾りなどが付けてます。
 普通なら、新婚夫婦は二人の新居か、新郎の家に行くはずでしたが、新郎が購入した新居は新婦の実家の近くにあり、内装まだ完成してないです。また、新郎の実家は隣県にあり、時間的に足りないです。二人の職場も新婦の実家の近くにあるため、結婚指式場も近くの高級ホテルに予定してます。

ホテルに行く前に、婚車が新郎新婦を載せって繁華地街で30分ほど巡って、新婦の家に戻りました。ここでは別の大事な「敬茶認親」行事があります。(新婦を新郎に親戚の方々を紹介すること) まず目上の方から順次に紹介されます。新婚夫婦二人お茶を準備して,両手で目上の方に差し上げます。ともに「XX、お茶をどうぞ」と言います。「XX」は結婚後の新しい呼び名です。ここで新郎を家族の一員と認めてくれる意味もあるのです。呼び名を変わると、また「红包」の出番です。ここで「红包」を「改口費」とも言います。呼び名を変えたから、目上の方が目下の人に「红包」を渡すこと。今回主人と私も[お兄さん、兄嫁]に呼び名を変えてくれて、祝福の気持ちを込めた红包を新婚夫婦に差し上げました。

 以上で伝統行事がすべて終了でした。その後、全員結婚式会場へチャーターバスで移動しました。 結婚式会場での行事は日本の結婚式と大体同じく、詳細はここで紹介しませんが、やはり結婚という人生一の大事の行事として、感動するシーンがたくさんありまして、私何回も涙がこぼれました。

 主人と結婚してから14年目、大学卒業した当時、何も分からない少女から息子二人のお母さんに変身しました。14年間の歳月を振り返って見ると、生活はやはり新郎が一階階段入門時飲んだ五種類の飲み物そっくりです。人生は酸っぱい、甘い、苦い、辛い、塩辛から成り立ちます。辛い時が耐えれる、幸せの時を楽しめる。今までの人生は変えることができないけど、心を開き、これからの人生を迎えることが大事だと思います。非常に意義のある旅でした。

※文章は高さんの記述のまま掲載しています

2022.10.04
新設した「経済データサイエンス入門」の講義を開始しました.

 1年次秋学期経済学部の学生を対象とした「経済データサイエンス入門」の授業が始まりました.この科目は溝上教授がオーガナイザーとなって準備した新設の科目です.DXやSociety5.0 などが我が国の今後の社会の目標として掲げられる中,データサイエンティストの不足は産業の存続・発展のための負の要因となっています.
 「データサイエンティスト」というと理系の人材や職種と思われがちですが,この科目で目指すのは「文系データサイエンティスト」です.彼らは,理系のデータエンジニアやコンピュータエンジニアとドメイン(営業や人事といった活動や新規事業など)とを繋ぐブリッジになる普通のビジネスパーソンであり,経済や経営などの専門知識を持った上で,データサイエンスの有用性や適用可能性の知識を備えた人材です.
 県下の大手の企業や情報サービス産業からも,理系のデータサイエンティストだけでなく,上記のような文系データサイエンティストの育成が強く求められている中,本学にはその教育と人材の輩出が期待されています.
 溝上教授が培ったこれまでの人的ネットワークにより,肥後銀行,NTT西日本,九州電力,九州産交など,下記に示すような企業や組織から,授業への参加の協力を得ました.以下が15回の授業のタイトルと特別講師です.面白そうでしょ?

第1回 経済データサイエンス入門」ガイダンス
    溝上 章志 (本学経済学部教授)
第2回 「データサイエンスへの第一歩 ~データに親しもう~」
    櫻木 誠 氏   ((一社)熊本県情報サービス産業協会青年部長)
第3回 「肥後銀行におけるデータ利活用と求めるDX推進人材像」
    高田 賢治 氏(肥後銀行経営企画部デジタルイノベーション室長)
浦津 明  氏(同室 企画役代理)
第4回 「気づきと共感を生むデータ活用経営」
    渋谷 勝也 氏(NTT西日本バリューデザイン部(地域創生Coデザイン研究所)担当部長)
第5回 「九電グループにおけるデータ活用とその事例について」
    堀田由輝子 氏(九州電力株式会社DX推進本部デジタルエンジニアグループ)
熊澤 純輝 氏(九電ビジネスソリューションズ株式会社ITインフラ本部インフラアーキテクト部データアナリシスグループ)
第6回 「豪雨・洪水予測・防災にも欠かせないデータサイエンス」
    石田 桂 氏 (熊本大学水循環・減災センター准教授)
第7回 「交通ビッグデータが公共交通を変える」
    今釜 卓哉 氏(九州産交バス株式会社共同経営推進室課長)
第8回 「農業におけるデータ活用の取り組みの紹介とその可能性」
    森 俊勝 氏(合同会社ゴダイベスト代表社員)
第9回 「GIS(地理情報システム)を活用した空間情報解析」
    新村 太郎 氏(本学経済学部教授)
第10回 「不動産分野におけるデータサイエンスの役割と活用例について」
    宅間 文夫 氏(本学経済学部教授)
第11回 「レポート・論文作成のための資料の探し方」
    廣松亜矢子 氏(熊本学園大学付属図書館図書情報課レファレンス係)
第12回 「AIと共にある確率・統計の基礎 ~確率変数からベイズ更新まで~」
    溝上       章志    (本学経済学部教授)
第13回 「AIの正体 ~深層学習(Deep Learning)の仕組みを知る~」
    尼崎 太樹 氏(熊本大学大学院先端科学研究部教授)
第14回 「人間とAIの共生を考える」
    尼崎 太樹 氏(熊本大学大学院先端科学研究部教授)
第15回 経済データサイエンス入門の授業の総まとめ
    溝上       章志    (本学経済学部教授)

この科目の新設について大学からプレリリースを行ったところ,「くまもと経済」などから取材がありました.熊本県下の経済界からも注目されているようです.また,本学のHPのニュースにも「経済学部「経済データサイエンス入門」を開講」が掲載され,大学としても本学の大きな売りにしていることが分かります.

プレリリース:https://www.kumagaku.ac.jp/files/press/press20221003.pdf
ニュース:https://www.kumagaku.ac.jp/news/archives/3251