1999年度の講義ノート


更新について

更新は完了しました。遅くなってすみませんでした。期末試験を採点する際に更新の遅れを考慮します。

2000年1月18日午後5時半



9月21日、第1回
 受講生の皆さんとのコミュニケーションがこの授業の成功に欠かせないことを強調した(ドミノを使ったデモンストレーション)。具体的な方法としては、授業中の参加、出席カードの裏のコメント、ホームページ上の掲示板などを考えている。「授業計画」や「『比較文化論』の性格・目的・方法」というスライドで講義を紹介した。特に、私の目的と方法の関係を理解してほしいということを強調した。ビデオはMichael Breckerの演奏であった。その後、「文化に関する情報の利用方法」というスライドを説明した。

9月24日
 台風のため、休講。

9月28日、第2回
 「文化論の落とし穴や悪用」の最初の二つの項目について講義した。文化論が自動的に「異文化理解」につながるのではなく、その使い方や理解の仕方次第で「異文化誤解」や摩擦を生みだすことがあると主張した。文化論を鵜呑みにしないでほしい。文化における相違と共通点を考えるため、『We're Different, We're the Same』という絵本を紹介した。ビデオはアメリカのLate Show (David Letterman司会)という番組の中でのMUJIBUR & SIRAJULのコーナーであった。その後、いくつかの質問(出席カードの裏に書かれたもの)に答えた。講義における教科書使用に関しては、授業中に直接取り上げることは少ないが、中間テストと期末試験においてはテキストに関する論述形式の問題を必ず出すから、テキストを読まないと単位が出ない可能性が高いことを説明した。日米の文化的共通点に関する質問に対しては、杉本良夫氏の『「日本人」をやめられますか』を紹介した。

10月1日、第3回
 「文化論の落とし穴や悪用」の二つ目の項目に関する前回の講義の続きとして、「ここが変だよ、日本人!」という番組を取り上げた。この番組に見られる「口論」的な「面白さ」はアメリカの低俗なトークショー(talk show)にも見られると主張した。例として、アメリカのトークショーを批判的に取り上げている討論番組(ABCのNightline)のビデオを見せた。なお、授業では紹介しなかったが、1998年に同じ問題について書いた新聞記事があり、ここにクリックすれば閲覧することができる。

10月5日、第4回
 「文化論の落とし穴や悪用」に関する講義を続けた。今回は三つ目の項目から五つ目の項目まで説明した。また、「Faces of the Enemy」というビデオを見せ、戦争と文化論の関係について解説した。ビデオと同じ主旨の本としてFaces of the Enemyがあり、『敵の顔』という題の日本語訳が図書館にあるので、関心のある方に見ていただきたい。また、ビデオで登場したJohn Dower教授のWar Without Mercyの日本語訳である『人種偏見』も図書館にある。
10月8日、第5回
 前回の講義で紹介したプロバガンダの事例について、「最近はこのような文化論の悪用はないか」という質問を受けたので、最近の例として小林よしのりの『戦争論』(本学の図書館にはないが、『小林よしのり氏の「戦争論」批判』ならある)を取り上げた。OHPで小林氏がどのように「敵」を描き、どのようにその敵の人間性を否定しているかを指摘した。また、次に予定していた外国語習得というテーマとの関連で、映画字幕翻訳家の 戸田奈津子氏とのインタービューのビデオを見せた。最後に霍見芳浩氏のゲスト講義に先だって、『日本の再興』や『脱・大不況』の購読を勧めた。
10月12日、第6回
 「比較文化論」という名の講義をするなら「文化とは何か?」という基本的な問いを避けて通れない。今回は、遅ればせながら「『文化』の定義」について講義した。ビデオはBlue's Cluesというアメリカの幼児番組の一部であった。こうした番組がなぜ言語習得に役立つかについて若干解説した。また、霍見芳浩氏のゲスト講義関連のプリントを配付した。最後に、前回の講義に対する意見や質問に答えるため、戦争責任や謝罪の問題にも言及した。
10月15日、第7回
 「受験英語はなぜ身につかないのか?」に関する講義をはじめた。今回はレジメの最初の項目である「翻訳主義→英語思考主義」について解説した。なお、思考の言語の関係に関して見せたスライドが見たい場合はここクリックし、greenという単語の日本語の単語との複雑な関係に関するスライドが見たい場合はここクリックしてください。ビデオは前回のBlue's Cluesの続きであった。
10月19日、第8回
 ニューヨーク市立大学の霍見芳浩先生によるゲスト講義。演題は「日米経済比較と日本再興」であった。
10月22日、第9回
 「「翻訳主義→英語思考主義」」に関する説明を終えた。ビデオは坂本九の「上を向いて歩こうの英語版の"Sukiyaki"であった。Sukiyakiの英語の歌詞を確認したい場合はここにクリックしてください(本学の外国語学部のジョセッフ・トウメイ先生のエッセイの中にある)。ビデオの後、前回の霍見芳浩先生のゲスト講義に対する感想を述べた。その際に使ったレジメが見たい場合はここにクリックしてください。
10月26日、第10回
 10月15日にはじめた「受験英語はなぜ身につかないのか?」に関する講義の続きとして2つ目の項目である「マニュアル主義→生きた英語主義 」を説明した。ビデオはリビー英雄氏(作家、法政大学第一教養部教授)とのインタービューであった。リビー氏の小説『星条旗の聞こえない部屋』は図書館にある。リビー氏のホームページはないようだが、ここにクリックすれば、「もう一つの往還」というエッセイを読むことができる。
10月29日、第11回
 「受験英語はなぜ身につかないのか?」に関する説明を終えた。なお、講義では言及したなかったが、「受験英語」に関する拙著をホームページで読むことができる。読みたい場合はここにクリックしてください。ビデオはマクドナルドのインドへの出店に関するテレビ朝日の「ニュースステーション」の特集であった。特集の後に久米宏キャスターの「外人は片言であってほしい」というコメントに対して抗議があったことを説明した。また、その関連で日本語の国際性の例としてリビー英雄、デビッド・ゾペティ(『いちげんさん』で第二十回すばる文学賞受賞)、班忠義(1992年のノンフィクション朝日ジャーナル大賞受賞)、多和田葉子(1993年の芥川賞受賞)などの例を挙げた。
11月2日  託麻祭のため、休講。

11月5日、第12回
 講義のはじめに、2とおりの見方ができるイラストをOHPで見せ、見ている対象が一つであっても、「見方」によっては違って見えることを説明した。言語や文化が違えば、同じ「現実」でも違ったように見えてくることの例として、アメリカの「足病医」日本語の「甘え」の概念を取り上げた。なお、日本文化の鍵概念としては「甘え」に関する有名な著書として土居健郎氏の『「甘え」の構造 』を紹介した。ビデオは「ニュースステーション」の「外人」という言葉に関する特集であった。ビデオで紹介されたISSHO企画のホームページを閲覧したい場合はここにクリックしてください。ビデオを見た後OHPで「外国人」と「外人」という言葉の違いを説明した。説明に使ったスライドが見たい場合はここにクリックしてください。
11月9日、第13回
 「外人」という言葉に関する講義を続けた。「外人」は単に「外国人」の省略形ではないかという意見を取り上げた。その時に使ったスライドの内容はここにある。その後、NHKで放送された武田鉄矢氏のMichael Latta氏とのインタビューのビデオを見せた。その後、ビデオにあった「アイアム内人」という字幕についてコメントした。続いて、「外人さん」という言い方の「さん」の意味について話した。そのスライドはここにある。最後に中間試験の内容を説明した。
11月12日、第14回
 中間試験
11月16日、第15回
 姜信子さんによるゲスト講義。演題は「故郷を捨てる話」であった。
11月19日、第16回
 最初は姜さんのゲスト講義に対するコメントを自分なりに取り上げてみた。たとえば、「社会を笑いのめす」ことの意味に関する質問に対して、笑いには聖域を壊す役割があるのではないかと話した。笑いは権力者にとって脅威となりうることは「君が代」のパンク版に対する反応や「不敬罪」に対する厳罰などからうかがわれる。「故郷を捨てる」ことの意味に関しては、力を集めるための人工的な概念を捨てることを意味しているのだろうと述べた。学生の多くが姜さんの話に興味を持ち、大きな刺激を受けたことはその感想や質問を読んで実感した。その後、中間試験の前の講義内容の続きとして、日米の外国人観や差別用語や言葉狩りの問題を取り上げた。差別用語(PC)に関するスライドはここにある。授業の後半はアメリカABCのNightlineという討論番組のビデオを見せた。ビデオでは黒人の警察官が受ける差別を扱ったものである。外見や固定観念で判断することがいかに不当なことかを印象づけるビデオである。
11月23日、勤労感謝の日

11月26日、第17回
 「人種」の概念について講義した。最初は「『人種』って何?」というスライドを使って、「人種」という概念の曖昧さと恣意性を指摘した。次に、「『人種』や『民族』の概念について」で「人種」と「民族」の概念の区別などについて説明した。ビデオはデパートなどで白人よりも黒人扱いされることが多いことに関するものであった。「人種」という色眼鏡で人間を見ることは多くの悲劇を生む。
11月30日、第18回
 今回は前回の先入観に関するテーマの続きとして「ステレオタイプ的なイラストの問題点」を紹介した。さまざまなイラストをOHPなどで紹介し、その問題性を考えた。ビデオはaffirmative action(少数民族や女性の優遇措置)に関するもの(アメリカABCのNightlineという番組)であった。affirmative actionに反対する側は「逆差別」などを訴えているが、テストの限界や多様性の価値などを考慮するとaffirmative actionのメリットが見えてくると主張した。
12月3日、第19回
 米海兵隊員による少女暴行事件に関するニュース・ステーションの報道(1995年11月8日)にスポットを当てた。まず、ニュース・ステーションでABCの報道に触れていたので、その報道のビデオを見せた。その後、ニュース・ステーションの報道のビデオを流した。ビデオを一度見た後に、その中身を詳細にけんとうするために、番組でなされた解説をOHPに映した。そのスライドはここにある。解説を分析しながら、番組で取り上げられたNew York Timesの記事をOHPに映し、検討した。ニュース・ステーションの報道のまずさを強調した、同様に誤解を招き、固定観念を広める報道はアメリカでもよく行われる。固定観念や先入観に捕らわれないためにはメディアを批判的に見る必要がある。
12月7日、第20回
 メディアの問題に関する講義の続きとして、1991年ごろにNHKが放送した「日米市民討論」という番組の中の日本人は働きすぎかどうかに関する部分を見せた。働くことをめぐって日本人とアメリカ人の価値観などが180度違うという通念(固定観念)が番組の前提になっていたが、その「常識」の型にはまらない日米の市民の発言が見事にその前提を崩して行った。ビデオを見せた主な目的は「日本人は働きバチ。アメリカ人はレジャーを大事にする。」という固定観念の問題性、そしてマスメディアを鵜呑みにすることの危険性を認識させることだった。ビデオの後に日米などの労働時間などに関するさまざまな統計を紹介した。

12月10日、第21回
 前回の労働に関する講義の続きとして、アメリカの伝統的な「働く倫理」を紹介し、日米の労働情況を比較した。現在のアメリカはけっして「レジャー大国」ではなく、世界的に見て、「働く倫理」にしても、労働時間にしても日本とアメリカは180度違うのではなく、むしろかなり似ている、と主張した。また、1992年の宮沢元首相の働く倫理発言を取り上げ、その発言が引き起こした文化摩擦について、「労働倫理をめぐる日米言動摩擦解」というスライドを使って解説した。大きく分けて、その軋轢の原因は二つあった。一つはアメリカ人が依然として一所懸命働くことが大切だと考えていたことだ。「怠け者」と言われていると思ったら、アメリカの伝統的な倫理観に基づいてひどく侮辱されたと考え、激しく反発したのだ。もう一つは、アメリカのメディアが宮沢氏の発言の主旨を正確伝えなかったことだ。講義で説明したように、宮沢氏の発言の主旨はかなり歪曲された形で報道された。ビデオはドイツの労働事情に関するニュース・ステーションの特集であった。ドイツと比較すると、日本とアメリカはむしろ似ている。また、同ビデオは労働の在り方と性的な役割分担の関係の重要さを物語っていることを指摘した。
12月14日、第22回
 男女の役割分担などに関する講義を始めた。実は、男女の役割分担を考えずに「日本人はよく働く」という言葉の意味を十分に理解できないので、このテーマは労働に関する話の延長とも言える。OHPで次のようなことがらに関する統計を紹介した。 最後に、アメリカで起きる女性に対する差別を隠しカメラで取材したビデオを見せた。中古車を買うときに女性が高い値段を吹っ掛けられたり、就職活動で不利な扱いを受けたりする印象的な場面があった。
12月17日、第23回
 「男女の役割分担や地位の差はどの程度『自然』か」というスライドを使って講義した。また、「ジェンダー」(「男らしさ」「女らしさ」)という概念を紹介し、「ジェンダー」は「人種」の概念と同様、社会的に構築されたものであることを強調した。つまり、文化によっては「男らしさ」や「女らしさ」の概念が異なる。その関連で見せたスライドはここにある。また、日米の「女らしさ」の違いの例として、Sailor Moonのアニメのアメリカ化に関するビデオを見せた。
12月21日、第24回
 「MMMA(米国三菱自動車製造)に対するセクハラ訴訟」について講義した。ビデオはアメリカで起きた別のセクハラ訴訟に関するものであった。
1月7日、第25回
 「セクハラ」は一種の「イジメ」と考えられる。しかし、日本とアメリカとでは「イジメ」の受け止め方に大きな差がある。今回はその差について講義した。OHPに映したスライドはここにある。イジメはコミュニケーション文化に一因があると指摘した関連で、「日米のコミュニケーションにおける責任」というスライドで若干解説した。また、日米間のイジメ関連の違いの一つはアメリカではイジメが重要な社会問題であることはあまり認識されていない反面、人種差別やセクハラを重視する傾向がある。その例として、「セクハラ」の処分を受けた小学生に関するビデオを見せた。日本では逆にイジメが重要な社会問題であるという見方がしっかりと定着しているため、大人の社会にも「イジメ」が見出されることがある。その関連で仕事場におけるイジメに関するビデオを見せた。
1月11日、第26(最終)回
 中間試験を返し、採点方法などについて説明した。それぞれの問題の文言に注意して、問いと答えがよく噛み合うようにしてほしいことを強調した。これはコミュニケーションの基本でもあると思う。姜信子さんの本に関する問題についてはOHPを使って姜さんの「民族」などに関する記述を紹介して考察した。中間試験に関する説明は期末試験の準備の意味合いを兼ねていた。その後、司馬遼太郎氏の「21世紀に生きる君たちへ」を紹介するビデオを見せた。司馬氏は私が26回にわたって伝えたいと思っていたことを小学生にも理解しやすいことばで、巧みに表現なさったと思う。(このエッセイは司馬遼太郎著の『十六の話』〔中央公論社、1997年〕に含まれている。本学の図書館の一階にあ。(914.6||SH15)。最後に、期末試験の論述形式の問題を紹介した。次のとおりである。
下記の事柄から三つ選び、中根千枝著『タテ社会の人間関係』で展開されている理論との関係をできるだけ詳しく(裏面も使ってください)説明せよ。(配点=50点)
「下記の事柄」だけを省略した。本を読みながら、理論と関係ある事柄(組織の特徴、慣行など)を考えるように勧めた。また、「理論との関係」については、理論の鍵概念である「場」と「資格」とそれぞれの「事柄」との関係について考えるように勧めた。
 なお、中間試験の答案用紙はいつでも返すので、受け取っていない人に取りに来てほしいと思う。

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