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第61回 インフレーション・ターゲティング[top]

                         2003年6月17日更新
                         2003年6月13日発行
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国経館 経済学 メールマガジン        金曜版     No.107
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みなさん,こんにちは.笹山です.
このメールマガジンは国際経済学科のメールマガジン「国経館」の1つとして,
国際経済学科のすべての学生に配信されています.

今回は,インフレーション・ターゲティングがテーマです.

マクロ経済学のメールマガジンとしてはNo.61です.
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【第107号】 インフレーション・ターゲティング

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■なぜ今インフレ・ターゲットなのか

2003年3月20日,米英軍がイラク攻撃を開始した翌日,日本銀行総裁に
就任した福井俊彦氏は日本のデフレを終息させるという重荷を背負わされて船
出しました.前任者の速水優総裁の下で,日本銀行は1999年2月12日か
ら2000年8月11日まで「ゼロ金利政策」を実施し,その後2001年3
月19日から「量的緩和政策」を継続中です.量的緩和で日本銀行が供給する
日銀当座預金残高の目標は27兆円〜30兆円に増加していますが,経済全体
にいきわたるマネーサプライはほとんど増えていません.消費者物価指数上昇
率は1999年以降連続して前年比マイナスとなりデフレが蔓延しています.
この間短期市場金利の指標となっている無担保コール翌日物金利は0.001
%〜0.002%で推移し,部分的には「マイナス金利」まで登場しており,
金利の市場調整機能は事実上麻痺しています.

以上のような状況の中,日本銀行はひたすら日銀当座預金残高を増加させるこ
とでベースマネーを増やす政策を採っています.2002年9月18日には金
融システムを安定化させるとの名目で銀行保有株を直接買い取る政策を発表,
実行しています.2003年4月8日には民間の資産担保証券を買い取る政策
を決定し,6月11日には資産担保証券を買い取る具体策を発表し,中堅・中
小企業へ銀行から貸し出しが増える仕組みを工夫しています.

量的緩和政策実施から2年以上経過してもデフレを退治できない現状から,日
銀の量的緩和政策はすでに破綻しているという批判がでています.現在の日銀
の政策を批判する人々から提案されているデフレ(deflation,デフレーショ
ン)克服のための政策が「インフレーション・ターゲティング」と呼ばれる金
融政策なのです.

前任者の速水総裁は「インフレーション・ターゲティング」に対しては歯牙に
もかけない態度を示していたのですが,福井総裁になってから若干風向きが変
わってきているとも読めます.

次は2003年3月20日付『日本経済新聞』社説の一部です.

「きょう日本銀行総裁に就任する福井俊彦氏は18日の衆院財務金融委員会で
金融緩和に柔軟な考え方を示した.(中略)福井氏は日銀が買い取る資産とし
て国債や手形以外に「株価指数連動型上場投資信託(ETF)や不動産投資信
託(REIT)に限らず,より幅広く検討したい.新しい形のコマーシャルペ
ーパーや協調融資など何を対象とするかきちんと検討する」と踏み込んだ発言
をした.(中略)インフレ目標の設定についても「中央銀行にとって非常に重
要な道具立てのひとつ」と指摘,政策の透明性を確保したり日銀の自己規律を
強めたりする効果があると述べた(抜粋).」

同時に新しく就任した2人の副総裁のうちの岩田一政氏は積極的な「インフレ
ーション・ターゲティング」推進論者ですので,日銀内ではインフレ・ターゲ
ット論が盛んに議論されているものと推察されます.

背景説明が長くなりましたが,以下では「インフレーション・ターゲティング
」とはどのような政策であるのかを中心に説明していきます.

■インフレーション・ターゲティングとは

「インフレーション・ターゲティング」あるいは「インフレ・ターゲット」は
英語ではinflation targeting,あるいはinflation targetと言います.日本
語では「物価安定数値目標政策」と呼ばれることもあります.新聞では「イン
フレ目標」とか「インフレ目標政策」という呼称が使われることが多くなって
います.

インフレ・ターゲットとは,中央銀行が目標とする物価上昇率を具体的な数値
で宣言することで,そうすれば物価が上昇してデフレから脱却できると,単純
にとらえられることもあるのですが,これは皮相な見方で正しくありません.
インフレーション・ターゲティングは金融政策のフレームワークそのものの概
念であり,数値目標を宣言するのは重要ではありますがその中の1つの要素に
すぎません.中央銀行がインフレ数値目標を宣言すれば物価が上昇するなどと
いうほどデフレは甘くはありません.

インフレ・ターゲットは,中央銀行に政策目標を国民にはっきりと明示させ,
金融政策の内容を国民に説明しなくてはならないという「金融政策の透明性」
を要求します.

インフレーション・ターゲティングとはどのような仕組みなのかを詳細に理解
するためにベンチマークとしてニュージーランドのケースを紹介します.

■ニュージーランドのインフレーション・ターゲティング

1930年代の数年間物価水準目標(英語ではprice-level target)を実施し
たスウェーデンを除けば,インフレーション・ターゲティングを採用したのは
1990年のニュージーランドが最初です.インフレーション・ターゲティン
グは単に目標インフレを宣言するのではなく金融政策の枠組みそのものである
ことを理解してもらうために,代表例の1つであるニュージーランドの仕組み
を見ていきましょう.ニュージーランドはインフレーション・ターゲティング
を含む金融政策全体の枠組みを「Monetary Policy Statement(MPS:金融
政策文書)」と呼んでいます.

ニュージーランドの中央銀行であるニュージーランド準備銀行は,年度始めに
政府側の代表である財務大臣との間で法律に基づいて,物価安定のために金融
政策を実行するという契約書を取り交わします.これがPTA(Policy
Targets Agreement)です.物価安定が中央銀行の第一の役割であると謳って
います.この中で目標インフレ率を設定します.2002年度の合意では中期
的に1%〜3%の範囲
に消費者物価の上昇率を抑えることを宣言しています.
ただし,自然災害,国際商品相場の大幅変動,政府が間接税を上げたことなど
により物価が目標インフレ率を超えた場合は中央銀行の責任ではないので再調
整します.

目標インフレ率を達成するために,ニュージーランド準備銀行が政策手段とし
て1999年3月17日以来用いているのがOCR(Official Cash Rate,公
定現金レート)です.ニュージーランド準備銀行の口座に商業銀行が決済用に
預金している準備預金に対して,ニュージーランド準備銀行は,設定したOC
R(2003年6月現在のレートは5.25%)より0.25%低い金利を払
います.他方,準備銀行が優良証券を商業銀行から買い取り,代わりに翌日物
の資金を商業銀行へ供給するときは(買いオペ),OCRより0.25%高い
金利を課します.ニュージーランド準備銀行はこの金利で量的には上限無しで
商業銀行から準備金を受け入れたり,あるいは資金を供給します.こうするこ
とで市場全体の金利もOCRの近くに誘導されて決まるのです.

OCRの設定→短期金利全般のコントロール→経済活動のコントロール→物価
の安定,というルートでニュージーランド準備銀行は物価の安定を目指してい
ます.ニュージーランド準備銀行はOCRを原則として年に8回見直すことに
しています.

通常の状況でインフレが設定目標を超えるかあるいは超える可能性がでてきた
場合は,ニュージーランド準備銀行は「政策報告書」(Policy Statements)
でその理由を明らかにし,インフレが目標内に収まるような政策をとらなけれ
ばなりません.ニュージーランド準備銀行は金融政策の説明責任を負っている
のです.インフレ目標が準備銀行側の責任によって達成されなかった場合は,
ニュージーランド準備銀行総裁は最終的には罷免されることもあります.

ニュージーランド準備銀行は四半期ごとに「政策報告書」を公表して自らの説
明責任を果たすと同時に,ときには外部識者からの政策評価(Monetary
Policy Review)も受けます.ニュージーランドは2001年にインフレーシ
ョン・ターゲティング論の専門家であるストックホルム大学(その後米のプリ
ンストン大学に移りましたが)のスベンソン(Lars E.O. Svensson)教授に外
部評価を依頼しています.

Svensson教授は,報告書の中でニュージーランドのインフレ・ターゲット政策
をおおむね良好に機能しているとして,次のように評価しています.
(1)ニュージーランド準備銀行は1990年代にいくつかの誤った政策を行
った.92年から93年にかけて金融引き締めを行うのが遅すぎた.逆に97
年から98年にかけては金融緩和を実行するのが遅れた.
(2)ただし,インフレターゲットを採用した90年以降,インフレ率を低位
に安定させることをみごとに実現させ,インフレ期待を目標値の範囲内に抑え
ることに成功している.
(3)2000年12月に採用されたMPS(Monetary Policy Statement)
の枠組みはインフレターゲットを実現する上で有効に機能している.
(4)PTA(Policy Targets Agreement)が毎年修正されるのは混乱を与え
るので好ましくない.PTAは5年間ぐらいは維持するべきだ.
(5)OCR(Official Cash Rate)を用いた金融調節手段はうまく機能して
いる.
(6)金融政策の責任はニュージーランド準備銀行の総裁1人だけに負わされ
ているがこれは国際的な標準からは離れている.総裁1人だけの資質によって
金融政策が左右されるリスクを避けるべきである.準備銀行の金融政策委員会
が責任を負うべきである.
(7)ニュージーランド準備銀行の金融政策を国民と金融市場に説明する対話
能力は賞賛に値する(exemplary).

笹山ゼミ 経済データのグラフ,ニュージーランドのCPI上昇率:
http://www.kumagaku.ac.jp/teacher/~sasayama/images/nzlandcpi.gif
1990年のインフレ・ターゲット導入後,消費者物価上昇率はほぼ3%以内
に抑え込まれているのが確認できます.1999年にマイナス0.5%を記録
していますが,翌年にはプラスに転じ目標範囲内に収まっています.

【ニュージーランドのインフレ・ターゲット関連資料】
ニュージーランド準備銀行(Reserve Bank of New Zealand,ニュージーラン
ド中央銀行):
 http://www.rbnz.govt.nz/

金融政策の合意(PTA:Policy Targets Agreement):
http://www.rbnz.govt.nz/monpol/pta/index.html
ニュージーランドでは,インフレ・ターゲット政策のことをPolicy Targets
Agreement (PTA)と呼んでいます.中央銀行と財務省が金融政策に関して合意
書を取り交わしていることを反映しています.

★2002年の合意文書:
http://www.rbnz.govt.nz/monpol/pta/0124848.html
1〜3%が目標値になっています.

★What is the Official Cash Rate?(2002年11月公表):
http://www.rbnz.govt.nz/monpol/about/0072140.html
OCRの仕組みを説明しています.

OCRの推移(Official Cash Rate changes):
http://www.rbnz.govt.nz/monpol/statements/0090630.html
2003年6月5日現在のOCRは5.25%です.

★ニュージーランドの基礎経済統計(Data for MPS):
http://www.rbnz.govt.nz/monpol/statements/jun03_data.xls
金利をはじめGDP,物価等の基礎的なマクロデータが主に90年代から整理
されてあります.エクセルのファイル形式です.

金融政策報告書(Monetary Policy Statement)
http://www.rbnz.govt.nz/monpol/statements/index.html
http://www.rbnz.govt.nz/monpol/statements/jun03.pdf (39pages,2003年6月)
1996年以降の金融政策報告書:
http://www.rbnz.govt.nz/monpol/statements/0094172.html
金融政策報告書四半期ごとに公表しています.

金融政策の評価(Monetary Policy Review):
http://www.rbnz.govt.nz/monpol/review/index.html

財務省内の,Independent Review of the Operation of Monetary Policy:
http://www.treasury.govt.nz/monpolreview/

★Svensson教授による金融政策評価報告書(2001年2月28公表):
Independent Review of the Operation of Monetary Policy:
http://www.treasury.govt.nz/monpolreview/IndRevOpMonPol.pdf (79pages)
http://www.treasury.govt.nz/monpolreview/execsumm.html (要約)

Lars E.O. Svensson教授のサイト(Princeton University):
http://www.princeton.edu/~svensson/

What are inflation and deflation?:
http://www.rbnz.govt.nz/monpol/about/0053316.html
91年以降,2000年(4%)を除いて,インフレ率が3%以内で安定して
いることがわかります.ただしSvensson教授は1997年から99年にかけて
インフレ率が1%に低下したことを問題点としてあげています.

ニュージーランドの物価統計:
http://www.rbnz.govt.nz/statistics/econind/a3/data.html
★CPIの時系列データ:
http://www.rbnz.govt.nz/statistics/econind/a3/ha3.xls
1920年からの物価データが納められています.

■インフレ・ターゲット前史:30年代のスウェーデンの経験

歴史上最初のインフレーション・ターゲティングはスウェーデンに始まります.
1931年の秋から1937年までスウェーデンは「通貨プログラム」という
名称のprice-level target(プライスレベル・ターゲット,物価水準目標)政
策を採用していました.通常のインフレーション・ターゲティングではインフ
レ率を前年に対して何%以内に抑えるというように設定しますが,このときの
スウェーデンは率ではなく物価水準を目標にしました.しかも今日,この当時
のスウェーデンが注目されるのは,スウェーデンが変動相場制の下にあり,し
かもデフレ時にプライスレベル・ターゲット政策を採用していたことにありま
す.デフレのまっただ中にいる日本にとっては参考になるかもしれないという
のが大きな理由です.

スウェーデンは1931年9月から1933年7月までは変動相場制(金本位
離脱期間),それ以降は通貨を切り下げて英ポンドにペッグ(固定相場制)し
ていました.従って,日本の参考になるのは1931年9月から33年7月ま
での変動相場制の間のデフレの期間です.この間に採用されたスウェーデンの
プライスレベル・ターゲット政策がデフレ解消に効果があったのかどうかが重
要なポイントになります.

1931年から1933年にかけては以下のグラフで確認できるように物価水
準は低下しています.物価水準を引き上げることはできませんでした.193
3年後半から物価水準は徐々に上がり続け,31年9月時点の水準に回復する
のは1935年の9月です.1933年後半以降物価が上昇したのは為替を切
り下げたことによる効果と推察されます.プライスレベル・ターゲットによっ
てのみデフレから脱却したと軽々に断じることはできません.

笹山ゼミ 経済データのグラフ,1928年から1938年までのスウェーデ
ンの消費者物価指数:
http://www.kumagaku.ac.jp/teacher/~sasayama/images/swedencpi.gif

1930年代のスウェーデンのプライスレベル・ターゲットを分析した論文(
注1)を読むと,1933年に公表された当時の銀行委員会による評価は芳し
いものではありませんでした.
「蔵相はリクスバンク(スウェーデンの中央銀行のこと)の政策には懐疑的だ
った.リクスバンクは金融政策のゴールを達成していなかった.1931年9
月から1933年4月にかけて,卸売物価と消費者物価のいずれもが下落した
(注1の邦語訳文献,P.151)」

(注1)
Berg, Claes and Lars Jonung(1999),"Pioneering Price Level Targeting:
The Swedish Experience 1931-1937", Journal of Monetary Economics,
June.
同論文の日本語訳は以下に所収.
深尾・吉川編『ゼロ金利と日本経済』第4章 日本経済新聞社 2000年.

1930年代のスウェーデンの例をもってして,デフレの時代でもインフレ・
ターゲットが効果を発揮すると論じる方がときどきいますが,上で見たように
それは正しくはありません.

なお,スウェーデンは,1993年1月から今度はインフレーション・ターゲ
ティング政策を実施しています.

【スウェーデンのデータ関連サイト】
スウェーデンでは中央銀行のことをリクスバンク(Riksbank)といいます.ス
ウェーデン中央銀行は,スウェーデン語ではSveriges Riksbank(the Central
Bank of Sweden)となります.

ウェーデン中央銀行: http://www.riksbank.com/
★Economic and Financial Data for Sweden:
http://www.riksbank.com/swedishstat/
スウェーデンの主なマクロ経済の統計はここに整理してあります.

スウェーデンの消費者物価指数(1830−2002年)
Statistics Sweden(スウェーデン統計庁):
http://www.scb.se/indexeng.asp
Cost-of-living Index/CPI(July 1914=100), Historical numbers, 1830-:
http://www.scb.se/statistik/pr0101/pr0101tab2eng.asp
月次データが完全にそろっているのは1955年から.1930年代は3,6,
9,12月のみのデータ.1914年7月=100とする指数

(関連)1930年前後の日本と世界
1917年 日本金本位制停止
1925年 イギリス金本位制復帰
1929年10月24日(木)「暗黒の木曜日」ウォール街で株の暴落
1930年1月11日 浜口雄幸(首相),井上準之助(蔵相)コンビによる
金解禁実施
1931年12月13日 日本,金本位制から離脱
城山三郎『男子の本懐』新潮文庫,は浜口雄幸と井上準之助を主人公に据えて
1930年の金解禁を活写しています.ぜひ多くの方に読んでほしい読み物です.

■インフレーション・ターゲット採用国

1990年のニュージーランドの採用以降,インフレ・ターゲット政策を採用
する国は増え続けています.インフレーション・ターゲティング実施国は,2
002年はじめの段階で約20カ国に達しています.主な国を挙げれば,先進
国では8カ国,
ニュージーランド(1990年3月から),カナダ(1991年2月から),
イスラエル(1991年12月から),イギリス(1992年10月から),
スウェーデン(1993年1月から),フィンランド(1993年2月から),
オーストラリア(1993年から),スペイン(1995年1月から),それ
と,EUの中央銀行であるECB(European Central Bank欧州中央銀行)も
インフレ目標値(正確に言えば参照値)を掲げています.

欧州中央銀行は,消費者物価の上昇率を年2%以下に維持することを目指して
います.事実上インフレーション・ターゲティングを採用しているといっても
過言ではありません.

ECBのMonthly Bulletin,January 1999:
http://www.ecb.int/pub/pdf/mb199901en.pdf
46ページのThe quantitative definition of price stabilityの節で,次のよ
うに記しています.

「the Governing Council of the ECB has adopted the following
definition:"price stability shall be defined as a year-on-year
increase in the Harmonised Index of Consumer Prices (HICP) for the
euro area of below 2%". Price stability according to this definition
"is to be maintained over the medium term".」

インフレーション・ターゲティングを採用している国については,目標とする
インフレ率を決める方式によっていくつかのタイプに分類することができます.

中央銀行と財務大臣の合意で決定:ニュージーランド,カナダ,韓国
政府(財務大臣)が決定:イギリス
中央銀行が決定:スウェーデン,オーストラリア,フィンランド,スペイン,
インドネシア

海外における物価安定数値目標(インフレ目標)政策への取り組み事例(内閣
府,2000年11月時点での整理):
http://www5.cao.go.jp/keizai3/2003/0117getsurei/image17.pdf (1page)

★諸外国におけるインフレ・ターゲティング(日銀企画室2000年6月):
http://www.boj.or.jp/ronbun/00/data/ron0006a.pdf (38pages)
ニュージーランド,カナダ,イギリス,スウェーデン,オーストラリア,チリ,
イスラエル,チェコ,韓国,ポーランド,ブラジル,インドネシアの12カ国
のインフレ・ターゲット政策について紹介しています.

イングランド銀行の金融政策コーナー:
http://www.bankofengland.co.uk/geninfo1.htm
Target2point5,the Bank of England/Times Interest Rate Challenge:
http://www.bankofengland.co.uk/target2point5/index.htm
Target2point5は16−18歳のイギリスの生徒を対象にした金融政策コンテ
ストです.イングランド銀行の金融政策委員会のメンバーになったつもりで
2.5%のインフレ目標を実現するために金融政策の立案を競います.

ニュージーランド準備銀行もMonetary Policy Challengeという同じような
コンテストを主催しています.
Monetary Policy Challenge:
http://www.rbnz.govt.nz/education/mpc/index.html

カナダ中央銀行:
http://www.bankofcanada.ca/en/
カナダ中央銀行の金融政策コーナー:
http://www.bankofcanada.ca/en/monetary.htm

■日銀のスタンス

金融政策を決定するのは,日本では日本銀行です.正確に言えば,総裁・2人
の副総裁,それに7人の審議委員からなる日銀の政策委員会の9人です.イン
フレーション・ターゲティングを採用するかどうかを決めるのも政策委員会で
す.意見が割れた場合は最終的には多数決で決まります.

そこで,インフレ・ターゲットに対する日銀のスタンスなのですが,これまで
は一貫して,インフレ・ターゲット導入反対の論陣を張っています.導入反対
の主な論点は,インフレ目標を数値で宣言しただけではインフレを引き起こす
ことはできないということと,量的緩和政策によりベースマネーを大量に供給
しても経済全体にいきわたるマネーサプライにはほとんで影響を与えることが
できていない現状では,責任をもってマイルドなインフレを達成することがで
きる政策手段がないということです.

それに対して,インフレ・ターゲット導入積極派は,日銀が本気になればマネ
ーサプライを確実に増やすことができると主張します.長期国債の買いオペ額
を大幅に増やすとか,株価指数連動型上場投資信託(ETF)や不動産投資信
託(REIT)を日銀が買い取って資金を供給するという政策を提案していま
す.

白塚 重典(日本銀行金融研究所)「現時点におけるインフレ・ターゲティン
グは時宜にかなった政策提言ではない:物価安定を目指すための金融政策の枠
組み」(2000年11月13日)
http://www.imes.boj.or.jp/japanese/kouen/ki0011.htm

白塚 重典「望ましい物価上昇率とは何か?:物価安定のメリットに関する理
論的・実証的議論の整理」 日本銀行 『金融研究』第20巻第1号 2001年1月
http://www.imes.boj.or.jp/japanese/kinyu/2001/kk20-1-7.pdf

★福井俊彦 日銀総裁,「金融政策運営の課題」(2003年6月1日,日本金融
学会での記念講演):
http://www.boj.or.jp/press/03/ko0306a.htm
2001年3月19日以来日銀が採用している「量的緩和政策」を今後も押し
進めるとしています.インフレーション・ターゲティング採用についてはこの
段階では否定的です.それに関連した部分を抜き書きしておきましょう.

「バブル崩壊後,持続的成長径路への復帰期待が何度も裏切られて来た中で,
日本銀行が単にアナウンスメントをするだけで人々にそれを信じてもらうこと
が出来,すべての歯車が良い方向に回転する,というほどうまい話があるとは
思われません.(中略)インフレーション・ターゲティングが学界でかなり広
い支持を得ていること,少なからぬ中央銀行が様々な態様でこれを導入してお
り,インフレーション・ターゲティングは,中央銀行にとって透明性を向上さ
せる上での大事な道具建ての一つであることは,私どもも十分に認識しており
ます
.その意味で,インフレーション・ターゲティング的な手法を頭から否定
する積りはありません.むしろこの先,金融緩和政策がその役割を全うして行
く過程で,日本銀行の行動体系をどのように編成し直して行くか,その際イン
フレーション・ターゲティングのような手法を組み込む余地があるのかどうか,
真摯に検討して参りたいと考えております.」

同時に現在の量的緩和政策の限界と矛盾もみずから認めています.

「量的緩和の下での金融市場,とくに短期金融市場の機能低下にも言及してお
くべきかもしれません.実際,ゼロ金利の下では,短期金融市場の参加者は,
取引費用を賄うのに十分なリターンが得られず,短期金融市場で資金運用を行
うインセンティブは大きく低下しています.日本銀行が潤沢な流動性を供給し
た結果,日本銀行以外の市場参加者の取引は激減し,資金不足の主体は多少金
利を引き上げても将来マーケットで円滑に資金調達出来るかどうか不安を感じ
る状態になっています.(中略)金融市場の安定を確保するために量的緩和を
進めると,今度はそれ自体が市場機能を弱めてしまうことによって当座預金需
要が増加し,その結果,そうした需要を満たすために供給を増やさないと市場
の安定が確保できないというジレンマ
を感じています.」

(注)下線は笹山による.

■インフレ・ターゲット,賛成・反対?

インフレ・ターゲット導入慎重派のもう1つの言い分は,インフレーション・
ターゲティングを導入してうまくいっている国は,インフレ時に採用した場合
であり,デフレでインフレーション・ターゲティングを採用してうまくいった
例はない,という歴史的事実を重くみます.インフレ時にインフレ・ターゲッ
トを採用することに関しては多くの経済学者は異を唱えませんが,デフレ時に
インフレ・ターゲットを採用することには慎重になる経済学者は結構います.
今の日本のように政策変数である金利がほぼゼロに張り付いている状態では金
利をゼロ以下に下げることができないという非対称性があるためです.

デフレ時にインフレ・ターゲットを実行したといわれているのは1930年代
のスウェーデンが唯一のケースですが,上でも検討したようにインフレ・ター
ゲットが成功したという明確な証拠はありません.さらに,1930年代のス
ウェーデンと2003年の日本経済を比較すること自体あまり根拠のある話で
はありません.

いずれにしても,日銀は近い将来,インフレ・ターゲットを導入すべきか否か
について正々堂々と決着をつけなければならない日が来ます.それが福井日銀
に与えられた課題の1つでもあるからです.

日銀がインフレ・ターゲットを採用するならば,それは現在の「量的緩和政策
」が行き詰まった上で同政策を放棄し,金利機能を復活させるような新しい政
策手段を開拓した上で,新しい金融政策の枠組みとして「インフレーション・
ターゲティング」を採用することになるでしょう.

■参考文献
伊藤隆敏(2001)『インフレ・ターゲティング』日本経済新聞社
こちらは一般向けにわかりやすく書いてあります.伊藤氏は積極的なインフレ
・ターゲット導入論者です.

深尾・吉川編『ゼロ金利と日本経済』 日本経済新聞社 2000年
インフレ・ターゲット導入論者の深尾,伊藤氏と反対論者である日本銀行のエ
コノミストの論文が掲載されています.

Bernanke,B.S.,T.Laubach, F.S.Mishkin,and A.S.Posen(1999), Inflation
Targeting
, Princeton University Press.
インフレーション・ターゲティングに関する専門書です.各国の事例研究にも
なっています.

on target?(The Economist,Economics focus,2001年8月30日号):
http://www.economist.com/finance/displayStory.cfm?Story_ID=760839
1990年のNew Zealandが最近のインフレターゲットでははしり.2000
年末で18カ国以上が同政策を採用していて流行の感があると皮肉っています.
デフレの時期にインフレーション・ターゲティングを採用して成功したという
スウェーデンの例(price-level target)も紹介しています.

本多佑三(2001)「インフレーション・ターゲティング:展望」財務省財
務総合政策研究所『フィナンシャル・レビュー』September,28-50.
http://www.mof.go.jp/f-review/r59/r_59_028_050.pdf

Mishkin, F.S. and K.S. Hebbel(2001),"One Decade of Inflation
Targeting in the world: What Do We Know and What Do We Need to Know?"
NBER Working Paper No.8397
http://papers.nber.org/papers/W8397.pdf
これは専門論文です.NBERのWPのダウンロードは基本的に有料ですが,大学
からアクセスする場合は費用負担はありません.

★Ben Bernanke,Some Thoughts on Monetary Policy in Japan(2003年5
月31日,日本金融学会での記念講演):
http://www.federalreserve.gov/BoardDocs/Speeches/2003/20030531/default.htm

Bernanke(バーナンキ)FRB理事は,この講演の中で日本銀行に「物価水準
目標(price-level target)」政策を採用すべきだと主張しています.
「Rather than proposing the more familiar inflation target, I will
suggest that the BOJ consider adopting a price-level target, which
would imply a period of reflation to offset the effects on prices of
the recent period of deflation.」
(注)下線は笹山による.

Bernanke氏は前プリンストン大学経済学部長で,2002年8月5日からアメ
リカの中央銀行組織であるFRB(Federal Reserve Board連邦準備理事会)
の理事を務めています.理事はGreenspan議長を含めて7人います.Bernanke
理事はFRB内で積極的なインフレーション・ターゲティング導入論者として
知られています.

Bernanke理事の紹介(FRBのサイト):
http://www.federalreserve.gov/bios/bernanke.htm

プリンストン大学内のBernanke教授のサイト:
http://www.princeton.edu/~bernanke/

【用語解説サイト】
特定の分野についてネット情報に詳しい人がそれぞれのテーマを解説しネット
情報を紹介するのが「All About Japan」です.政治・経済だけでなく料理
や趣味など広い範囲をカバーしています.

All About Japan(オール・アバウト・ジャパン):
http://allabout.co.jp/

All About Japanのインフレ・ターゲット解説:
http://allabout.co.jp/career/economyabc/closeup/CU20030209A/

■まとめ------------
・量的緩和政策に限界が見えてきた今,インフレ・ターゲット論が登場してい
る.
・インフレ・ターゲットは単に目標インフレ率を数値目標として宣言するだけ
ではない.
・インフレ・ターゲットは,金融政策の1つのフレームワークである.
・中央銀行は物価安定を第一の目標として掲げ,具体的に目標インフレ率の幅
を設定し,それを実現するために金利政策等の政策手段を駆使する.
・中央銀行は,自らの政策決定とその後の結果について国民に説明責任を負っ
ており,インフレ・ターゲットは金融政策の透明性を高める.
・インフレ目標数値を設定するに際しては,政府と相談して決めるケース,中
央銀行独自に決めるケース,政府が決めるケースの3通りある.
・1990年のニュージーランドがインフレ・ターゲットを最初に採用.
・1930年代にスウェーデンが採用したのは物価水準ターゲット
・1930年代デフレ下でのスウェーデンの物価水準ターゲットは必ずしも成
功したとはいえない.
・日銀はインフレ・ターゲット導入には慎重
・インフレ・ターゲットが成功しているのはインフレ時に採用した国であり,
デフレ時に採用して成功した例はない.
.いずれにしても,日銀はインフレ・ターゲット導入に関して決着を迫られる
ことになる.
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ぜひ,みなさんも,実際にサイトにアクセスして確認してください.

(上級者向け課題)
ニュージーランド準備銀行のサイトで,金融政策(Monetary Policy)の項目
を選び,PTA(Policy Targets Agreement)の内容を読んでみよう.

(注意)日数が経過してサイトにアクセスすると,それぞれのウェブサイトの
構成に違いがでてくることがあります.またURLが変更されている場合もあ
りますので,了解してください.
(アクセス日)2003年6月13日

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【Q & A】1990年に最初にインフレ・ターゲットを採用した国は?
            → ニュージーランド

【今回のサイト】 ニュージーランド準備銀行:
         http://www.rbnz.govt.nz/

【評価】★★★

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        ★1つは普通という評価です.
      データが十分提供されているかどうかが評価のポイントです.
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【発行】 熊本学園大学 経済学部 国際経済学科
【著者】 笹山 茂
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Copyright 2003

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